「ねえ、これってお義父さんの遺言書じゃない?」
高田久夫さん(仮名)のもとへ、妻の郁子さん(仮名)が血相を変えながら封筒を持って来ました。封筒に書かれた「遺言書」の字は、明らかに先月亡くなった父・義夫さん(仮名)のものです。封筒はきっちりと糊付けされ、封印も捺されています。元々筋金入りの仕事人間で久夫さんともすれ違いが多く、久夫さんも相続のことは何も聞かされておらず、遺言の存在すら全く知りませんでした。
「一体何が書かれているんだろう…?」
ちょっと待って!と郁子さんが止めるのも間に合わず、久夫さんは思わず封筒をビリビリと手で破ってしまいました。
本人の自筆による遺言(自筆証書遺言)においては、記載例のような要件を満たす必要があり、これらを欠くと遺言そのものが無効となるおそれがあります。また、不動産の登記変更など実際に遺言どおりに名義変更手続をするためには、家庭裁判所に遺言書を提出して検認手続を経なければなりません。
では、今回の高田さんのように検認前に封を開けてしまった場合、遺言書は無効になってしまうのでしょうか。封印は改ざんを防ぐためにも望ましいですが、それ自体は必須ではありません。しかし、改ざん等が無いという証明が困難になりますし、最大5万円の過料が発生するので、やはり慎重に扱うのが一番です。ちなみに、遺言書の保管者や発見者は相続開始を知った後、遅滞なく検認の請求をしなければならない旨が民法上定められており、検認を経ずに遺言を執行するとこちらも過料の対象となります。
固唾を呑んで封筒から出した遺言書には、遺産に関することは何一つ書かれていない代わりに、長いこと仕事にかまけて家族を顧みなかったことへの贖罪と、久夫さん夫婦への感謝の思いが、切々と書かれていました。
「恨んですまなかったな、親父…」
嗚咽しながら、義夫さんの最後の「財産」を強く握りしめた久夫さんでした。