戦前建築の酒店を移築リノベーション「まちづくり博物館」として 自動車時計博物館、別棟オープン

福山自動車時計博物館に別棟「まちづくり博物館」オープン

戦前建築の富屋酒店を移築リノベーション

福山市北吉津町の福山自動車時計博物館が、道路を挟んだ向かい側に「まちづくり博物館」を2022年8月オープン。

同館の東約400m、元木会計のすぐそばにあった戦前建築、富屋酒店(富屋酒場→株式会社富屋)の木造2階建店舗を譲り受け、解体移築して展示棟の1つとしてリノベーションした。

福山空襲で被害を免れたこの建物は、木造瓦葺2階建の店舗兼住宅。2021年に無償でで譲り受け、10月から12月に解体、移築工事を経た。

建築年を具体的に示す棟札は見つからなかったが、1936年(昭和11年)225日の受付で建物陶器がなされていることから、前年の昭和10年ごろに建てられた築90年程度の建物と推測している。

1945年(昭和20年)88日夜の福山空襲による消失を免れた、貴重な戦前建築のひとつ。

富屋は、日本酒を醸造し「宮居鶴」「宮井鶴」を商標登録。戦後は、販売業に専念した。

ただ、そのまま移築したのではなく、隣家と接していた西側壁には蟇股(かえるまた)や懸魚(げぎょ)を装飾的に施し、窓に瓦のふちどりをし、腰より下壁面の瓦も表と裏を交互に使うなどデザイン的に造り上げられている。

1階と2階の大黒柱は、実相寺の山門(旧神辺城惣門を移築)の柱だったもの。自動車衝突事故により破損し保管されていたものを譲り受けた。

また、階段の手すりは、福山城公園の整備で伐採された松の頒布を受け利用した。

門扉は水呑町の松坂産業の社屋にあったもの。

「古い建物をリノベーションするとき、その材料も何がなんでも古いものを使ってやるという気持ちがあります」と宮本副館長。

まちづくり博物館の展示内容

能宗孝館長のまちづくりに情熱を注いだ半生を綴るものでもある。

能宗館長が社長を務める菊屋マンションは昭和42年から現在まで市内に11棟(630世帯)。これらパース図も展示され、コンセプトや外観の統一感を持って建築されてきたことがわかる。
福山城の東側、特に大黒町、胡町のまちづくりにも中心的に関わり、商店街のアーケード撤去、鹿鳴館町の街並みへと地元の気持ちを合わせてきた。
館長は「ドネーション(寄付)、ボランティア(奉仕)、リノベーション(古いものを活用)を心がけ、まちづくりを続けたい」と語っている。

10年あまり封印していた映画「黒い雨」コーナーを2階へ。博物館ができる前年に撮影に協力。撮影に使われ譲り受けた被爆再現人形を荼毘にふすかのように積み重ねた一角も作った。

広島平和記念資料館から被爆者のプラスチック人形が撤去されており宮本副館長は「他所が引っ込めればうちは出す。

実際には音、匂い、動き、それらおびただしい数があり、本当はこんなものじゃなかった、これよりもっとひどかったことを想像して欲しい」。

自動車時計博物館は

福山自動車時計博物館は、「のれ・みれ・さわれ・写真撮れ」をモットーにした体験型博物館。

来館前に自動車時計博物館の公式ホームページをチェックしておくと、事前に情報と優待チケット♪が入手できる。

 

福山自動車時計博物館

年中無休(年末年始も開館) 
9時〜18時

入館料:900円/中高生と65歳以上、障がい者600円/3歳〜小学6年300円
*毎週土曜日は高校生以下無料
*「まちづくり博物館」のみ入館は無料

広島県福山市北吉津町3丁目1−22
電話 084-922-8188

 

トロッコview

「のれ・みれ・さわれ・・・」のモットーを最初に聞いたのは15年以上前。
みれ!に違和感を覚えたものですが、岡山弁の「のられ・みられ・さわられ・・・」の“ら”を抜いた言葉らしく、なるほどと納得。
それ以上に驚いたのが、希少価値の高い車に触ってもいいし、乗ってもいいというコンセプト。大喜びで我が子も連れて行き、幾度となく通わせてもらいました。

困ることといえば、こちらが足がだるくなるほどでも、帰ると言いださないことでした。当時から毎週土曜日は高校生以下無料で駐車場もたくさんあり、親としてもありがたかったのを覚えています。今もたくさんの親子連れが笑顔いっぱいで訪れていて、同じ気持ちを抱かれているかな、とふと眺めています。

現在の公益財団法人能宗文化財団が運営していて、行政主体でない博物館で、これだけの規模のものができるというのはすごいことだと思います。
能宗館長さん、宮本副館長さんもいつも詳しいお話を聞かせてくださり、変わらない対応も嬉しく懐かしい思いに浸ります。
自動車や時計、まちづくりなど歴史を綴る博物館ですが、自分の歴史に重ね合わせて過ごすこともできるのではないでしょうか。

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