日常的には おおらかなのに 味にうるさい女性と
細かいところに気を配るのに なんでも美味しいという女性。
僕の彼女は、あきらかに 前者だ。
後者のほうが、デートにいっても楽しいような気がするが
僕の最近の目標は、「食通な彼女をいかに満足させるか」に尽きている。
そんな彼女を連れてきたのが、ここ福山の霞町にある『中国料理 蓮華』だ。
一見、ちょっと入りにくいような趣の店だが
この店を常連としている先輩に「飛び込みでも予約なしでも、安心して旨い料理が食べられるぞ」とすでにリサーチ済みの僕。
彼女とドアを開けた。
思ってたより広く、明るい店内。内装も雰囲気もいい。
彼女は、ずんずん奥にいって広めの席にちゃっかり座る。
あいかわらず、食べることに関して遠慮がない。
そんな僕の心が見透かされたように
「だって、中華ってお皿たくさんでるし、広いほうがいいでしょ」って。
よく見るとカウンターも広いのに4席だし、お店自体が
ゆっくりとくつろげる空間になってる。
ドリンクを注文して、メニューをみた。
達筆な文字で書かれてある 価格の載っていないメニューだ。
厨房から
オーナーらしき人が出てきた。
ここは、ホールも料理も一人でしている店だ。
「いらっしゃいませ。
メニューから好きなものを選んでいただいてもいいですが
ご予算をおっしゃっていただければ、おまかせでおつくりします。
特にきらいなものとか、ありませんか。」
僕が口をあける前に、彼女はオーナーの目も見ずに
メニューをみて、さっと注文してしまった。
「野菜の塩系の いためものと お肉はおすすめを2つ。魚はあっさりで1皿、あと、おつまみになる前菜を 2つ頂戴。予算は、料理だけで6000円くらいで、できますか」
う~、あいかわらず早い。しかもかなりアバウトな注文だ。
はい。と、慣れた様子で厨房に入るオーナー。
なんだか、こっちが緊張してきた。
初めの料理がきた。
サンマのテリーヌとビーツの甘酢漬け。
本当に中国料理なのだろうか。
まるで、フレンチのような盛り付けだ。
目にも美しい料理は、素材の持ち味を生かした調理方法で仕上げられ、滋味あふれる味わいだ。
彼女は紹興酒といっしょに 黙々と口に運んでいる。
僕よりペースが速いということは、かなり美味しいということ!?
次の料理も、まるで中華とは思えない。
いくら、かにと冬瓜の煮ものの冷製。
(名前は、あくまで素材からの想像)
おいしい。
さっきのビーツといい、この冬瓜もそうだが
野菜もかなりおいしいのだ。
忙しく厨房に立つオーナーに彼女は容赦なく話しかける。
「まだ2品しか食べてないんですけど素材、おいしいです」
「あっ、味も!」
彼女のいいところは、ストレートに美味しいと言うことだ。
この言葉を聞くために、僕は存在するかのように、安心する。
次々と出てくる料理に、なぜか元気が出てくる。
みやざき地頭鶏のせせりとハラミの醤油づけが、山芋のトッピングと抜群の相性。
繊細な盛り付けの豚の角煮は、八角が甘みと僅かな苦味と辛味の独特な味を醸し出している。
料理を運んでくるたび、彼女は口説き落とさんばかりにオーナーに話しかけ、オーナーは少し苦笑いしながら丁寧に答えてくれる。
「“食べて健康になる”を考えてますね。食材が本来持っている、性質や味を上手に引き出し、他の食材とのバランスを考えて美味しく調理してます。その食材の力を貰いながら健康な体はつくれると思うんです。そして、安全な食材で幸せに元気になってほしいですね。」
うん、僕も彼女も幸せに包まれている。確実に。
彼女の目がキラキラしてきた。
そして、僕に哀願する目になった。
「この料理だけ、全部たべていい?」
目の前には、彩り鮮やかな一皿。
「そんなに美味しい?」
「うん、これは凄い」
豚のほほ肉と銀杏とキノコとシカクマメの塩炒めだ。
いつもは、ちゃんと美味しいものもシェアする彼女だが
どうもこれは譲れないらしい。
「じゃあ、これからでてくる最後の一つは、僕もらうよ」
たまには条件をつけてみなくちゃ。
美味しそうに堪能している彼女は、たぶん聞いてない。
「うん。いいよ~」
今日の魚料理は、金目鯛の蒸しものに 海老のソースが何とも言えない逸品だ。
彼女の目がいつのまにか、釘づけになっている。
しかたないなぁ。
結局はそんな彼女に負けてしまう僕も、なんだかうれしい。
ソースの最後のひとすくいまで、彼女にもっていかれた。
気がつくと食材は五色(赤、緑、黄、白、黒)のバランスのとれた献立が特徴の様な気がする。そしてオーナーの巧みな技と創意が今までにない中国料理に仕上がっている。
今夜も、お気に入りのお店をみつけられて彼女も満足だ。
今度はこっそり先輩と来よう。そして今日食べれなかった、あの一品を食べずにはいられない。