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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2019.8.22

異業種リレーの「わ」No.661 株式会社こんどう電器 代表取締役 近藤 愼二さん

今回は、「食市場 魚鮮」代表、和田 明久さんのご紹介により、「株式会社こんどう電器(福山市霞町1-6-8 TEL:084-924-2255 )」代表取締役、近藤 愼二さんに登場願いました。

 

町の電気屋だからできる、住まいの応援を

 

…ただの電気屋にあらず
 電気屋でありながら、リフォームや介護の相談にものる。〝家まるごと活性化業〟を当店の仕事としています。1956年に父が創業した時は普通の電気屋でしたが、84年に私が入社してから〝便利屋〟としても動き始めました。電気配線はうちが、それ以外は私の頼れる仲間たち、その道のプロの力を借りています。99年に福祉用具相談専門員の資格を、2014年に一般建設業許可を取得し、できることを増やしてきました。

 電気屋としての対応力も、2008年に家電量販店大手のエディオンと提携して高めました。倉庫が共有なので、カタログにある最新家電をすぐお届けできるようになりました。特に、家に来て話を聞いて提案してほしい方、販売も納品も工事も修理も同じ人がいいという方に頼っていただいています。

 その他、お客様サービスとして365日24時間の電話受付を15年前から続けています。ある夜は、高齢女性から「冷蔵庫が閉まらず眠れない」と言われ、飛び出していた野菜をずらして閉じました。またある夜は、女性の声でSОSが入り、飛んで行くと配管が損傷して噴水状態。速攻で元栓を閉めました。夜はお客様の家がどこにあるか分かりにくく、探し歩いていて警察官に職務質問されたことも。この種のエピソードはいくらでもあります。


…必要とされる種を蒔き
 幼い頃から誰よりも早く最新の家電に触れられる状況は、私を電気好きにしました。そして、大学時代に大人数のリーダーとして課題を解決したとき、初めて「社長になりたい」と思い、後を継ぎました。

 最初の1年間は、滋賀県にある現在のパナソニックグループの学校で研修し、翌年、実習生として横浜の店に出向しました。店といっても、倉庫の一角に販売コーナーを置いたほどの規模でしたが、私はそこで、売上1千万円をわずか40日で達成したのです。それまでは月の売上が10万円程度の店でしたから、もう大事件。それが評価されて立派な店舗に改装され、伝説になってしまいました(笑)。

 当時私がしたことは、似顔絵付きの手作りチラシをひたすら配り続けただけ。1500世帯の団地を毎朝毎晩回り続けていたら、撒いた種から一気に芽が出始めました。一番最初に売れたのは幅38㎝の当時最小のビデオデッキでした。お客様が希望したサイズが、偶然にも新商品として登場したのです。その方は購入後も、デッキが壊れる度に私を頼ってくださいました。この時、商品を通して1人のお客様と徹底的に向き合った経験が、私の原点となりました。


…回り道をして確信
 そのビデオデッキは、さらに20年後も、私を助けてくれました。40代になった私は、とある企業との共同事業が急成長したことで、西日本の代理店づくりを任され、スーツ姿で飛び回っていました。その分、実家の売上は激減。これが本当にやりたかったことだろうかと自問自答していたときに、あのデッキが戻って来たのです。「もう修理もできないくらい古くなったから、近藤君に返すよ」とメッセージつきで。おかげで迷いが吹っ切れました。私はやはり、お客様の顔を見ながら商売をする、町の電気屋でいたいと心から思いました。それ以来、電気屋1本です。

 今は従業員5人プラス二級建築士と、同じ方向を見て仕事をしています。つい先日も、植木の剪定や襖の張替え依頼が入って、専門職の仲間につなぎました。お客様にも仲間にも喜ばれて、これほど嬉しいことはありません。これからも徹底的に人との付き合いを大事にし、地域に無くてはならない店として成長していきたいと思っています。

異業種リレーの『わ』

◎この記事を書いたのは