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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2019.1.11

異業種リレーの「わ」No.639 タニモト企画株式会社 代表取締役 谷本 学さん

今回は、「flower bubbly」オーナーの山本夕貴さんのご紹介により、「タニモト企画株式会社(福山市曙町5-19-3 TEL:084-953-9555 )」代表取締役、谷本学さんに登場願いました。

 

看板にお客様のニーズのその先を描いていく

 

…始まりは映画館の絵看板

 タニモト企画は、映画館の絵看板職人だった亡き父・裕(ゆたか)が起こした看板屋で、2020年4月に創業50周年を迎えます。創業当時は全ての看板が手描きの時代。画才に長けた職人は少なく、父はコーヒーメーカーやバス会社など様々な企業から頼られ、開業に至ったそうです。特に、喫茶店ブームだった昭和50年代は、福山だけで年間200店舗と取り引きし、立て看板や雨除けのようなテント看板まで手掛けていました。

 今では手描きの看板はほとんど無くなり、住宅の表札や企業の腐食銘板のような小さなものから、ビルに取り付ける10m以上のテナント看板まで、材質・サイズを問わず請け負っています。観光地で目にする顔出し看板や、自動車に貼り付ける広告を作ることもあります。このお正月は、誠之館高校書道部の書道パフォーマンス作品に枠を付け、丸の内の備後護国神社に奉納しました。



…看板業界の移り変わり

 私が家業に就いたのは19歳のときです。「長男だから継がなくては」と思い、高校卒業後、職業訓練校で溶接を学びました。というのも、看板屋になるには色々な技術が必要だったのです。デザインに塗装技術、木枠を作る木工技術、トタンをつける板金加工技術、看板を取り付ける溶接に土木技術、照明をつける電気工事技術まで。これら全てができて当たり前とされていました。

 私が入社した頃は、すでに映画館の絵看板はポスターに移り変わり、ペンキで手描きする作業も、パソコンでデザインした文字をカッティングシートで切って貼る作業に変わり始めていました。その分、機械の導入コストが要りましたが、絵も字も得意でなく、もっぱら営業と取付作業を担当していた新米社員の私にとって、この転換期は有り難いことでした。

 現在は、デザイン画を大型印刷機で塩ビシートに印刷し、ラミネーターでUV加工を施してアルミ板などに貼り付けています。お客様からOKが出るまでスケッチを何度も描き直し、それだけで1日が終わるくらい手間を掛けていた時代とは、比較にならないスピードです。その上、デザインと営業は印刷会社や広告代理店も請け負う時代になりました。うちでも3割は他社からの入稿デザインで作っています。残りの7割は父の代からのお得意様で、デザインから設置までを任せていただいています。



…看板屋の使命

 私は、看板屋とは、お客様のニーズのその先を捉えてカタチにする職業だと思っています。看板は効果を生まないといけませんが、目立ちすぎてもいけません。お客様がどんな未来を描き、看板にどんな期待を寄せているかをしっかり聞き出して、好みをデザインするだけでなく、印象に残る設置場所や、時流を読んで取り替え時期なども提案します。お客様が成功するかどうかは看板の力ではなく、お客様の努力によるものです。私はいつも、その成功の一部に関われたらいいなと願いながら仕事をしています。

 看板の寿命はだいたい5~10年です。それだけの歳月を待たないと評価が得られないもどかしさもありますが、材料には決して妥協せず、長持ちする看板を作ることで信用を得て参りました。ですから、数年後に再び頼っていただけた時は、うちの看板に満足していただけたのだと、初めて実感できてとても嬉しくなります。

 とはいえ、どんなにいい材料を使ったとしても、寿命を超えてしまった看板に耐久性は望めません。幸い、福山は大きな台風が少ない地域ですが、それが故に20年前の古い看板がまだ幾つも残っています。古いものは、思わぬ風で飛ばされ凶器に変わることだってあります。手掛けた者が自社であろうと他社であろうと関係なく、看板による悲しい事故が起こらぬよう、撤去やリニューアルを積極的に呼びかけていくことも、看板屋の大切な使命だと思うのです。


異業種リレーの『わ』

◎この記事を書いたのは




ビューティーサロン2019