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2017.10.25

「ともがたり」4人が語る鞆の浦の宝物


 12月10日に、ぷれすしーど600号記念「宝探しin鞆の浦」を開催するにあたって、鞆の浦の宝だと思うエピソード、お気に入りの場所などを、鞆町と大きな関わりをもって暮らしている4人の方に伺いました。

お宝① 瀬戸内海のど真ん中にある「潮待ちの港」
福山市鞆の浦歴史民俗資料館 通堂博彰館長 鞆歴67年

 鞆の浦で生まれ育ちました。
 船は古来より重要な交通手段で、なかでも鞆は、瀬戸内海のど真ん中にあるため、重要なポイントになります。6時間ごとに繰り返される干満の差は約4mあり、帆船は満ち潮に乗って鞆港へ入り、引き潮、満ち潮の間に積荷を下ろし休憩して次の引き潮で出港していきます。
 このため万葉の時代から「潮待ちの港」として栄えてきました。商人たちが必ず立ち寄り、潮を待つ間に様々な情報が飛び交う鞆の町は、やがて京都大阪に負けない最先端の文化を誇る地になっていきました。文人墨客が頼る町でもありました。なので私は、鞆の宝は色々ありますが、どれも「潮待ちの港」がもたらしたものという意味で、「潮待ちの港」が宝だと思っています。
 この鞆には、歴史上の重要人物も時々顔をのぞかせています。
 室町幕府を興した足利尊氏は、鞆で朝軍として院宣を受けて体制を立て直し、15代将軍 義昭は京を追われ、現職のまま毛利氏を頼って鞆へ来ました。これを「鞆幕府」と言うこともあり、「室町幕府は鞆で始まり鞆で終わる」という研究者がいるゆえんです。また、この資料館があり場所も、福島正則の築いた鞆城跡ですし、鞆は坂本龍馬ゆかりの地でもあります。
 町を歩くと、カギの字やT字路が多く道が狭いのに気付くはず。観光客の皆さんは「歩きにくい。まっすぐなら良いのに」と良く言われますが、敵に攻め込まれにくいように考えて造られた城下町であると知って歩くと、数倍楽しめますよ。個人的には常夜燈西の路地あたりがおすすめです。
 また、朝鮮通信使ゆかりの場所も訪ねられると良いかもしれませんね。福禅寺對潮楼は一番有名なところです。私が前に立っているこの屏風も、朝鮮通信使をもてなした様子が描かれています。

 今私は、鞆城の絵図を探しています。1959(昭和34)年には存在が確認され写真も残っているのに、行方がわからなくなっています。鞆城の絵図は1枚もないので、これが見つかれば新たな鞆の宝に加わるのではないかと思います。そういう意味では私も、宝探しの真っ最中なんです。

お宝② 人と人のつながり! 祭もそのつながりがあればこそ
福山市鞆支所 丑田敏昭支所長(沼名前神社 祭事運営委員)鞆歴62年

 鞆で生まれ、沼名前(ぬなくま)神社の祭事運営委員もしています。鞆には一年中お祭があり、沼名前神社の関連なら、2月の御弓神事、7月のお手火、9月のチョウサイがよく知られているところです。他の祭や摂社・末社での祭典もあります。
 これらの伝統を守っているのが、人と人とのつながりです。私は、このつながりこそが宝だと思います。
鞆の人口は、1960(昭和35)年に3961世帯1万8001人だったのをピークに、平成13年末に5890人、昨年度末に4218人、今年8月末では2033世帯4058人になりました。ぐっぐっと減ってきた中で、伝統を継承しようと集まる人同士のつながりこそが、今の鞆の宝と言っても良いのではないでしょうか。
 まちづくりビジョン策定に向けたワークショップでも、これからの鞆の町をどうしていきたいか、持続していくために自分に何ができるかなど、世代を超えて熱い想いを語り合っているところです。子育てしやすい町、生活しやすい町、いろんな意見を出し合っています。
 鞆は、お寺や神社が多い町です。沼名前神社は、祭がない時でもまた違った風情があり、森下仁丹創業者の銅像や能舞台も迎えてくれます。沼名前神社をスタートに、安国寺や医王寺など鞆に数多くある寺巡り・神社巡りをされてみませんか?

お宝③ 物資と文化の集積地が育んだ町並みと保命酒
入江豊三郎本店  入江孝子代表 鞆歴69年

 明治19年創業の保命酒店に生まれ、結婚して夫の仕事の都合で鞆を離れましたが、昭和55年、32歳の時帰ってきました。平成15年から主人の後を受けて社長としては6代目です。観光客の方とも関わってきました。
 鞆は、船が輸送手段の中心だった頃から、物資と文化の集積地として栄えてきました。大きな災害や戦火を免れたこともありますが、今の鞆町にとって貴重な財産として残っている、しっとりした町並みやお雛様も豪商が多かったことを物語っています。
 薬酒「保命酒」を造っているのも、鞆町だけです。薬草を煎じて飲むよりも、アルコールで抽出するほうが効果があるとして製造されるようになりました。江戸時代は中村家の専売でしたが明治に許されて17社になり、今は、4軒が昔ながらの製法・特徴を守って製造しています。作っている人が直接販売もしていますので、話を聞きながらの味巡り(試飲)も面白いと思いますよ。また、各社お菓子などに利用し、アルコールが得意ではない方やお子様も口にできるよう、伝統に新しい提案を加えて受け継いでいるのも、私事ながら宝ではないかなと思います。
 鞆巡りをされるなら、私はよく観光客のみなさんに、對潮楼、常夜燈近辺、仙酔島をお勧めしています。
また、日本初の国定公園を一望するグリーンラインに上がると、海と島が一体となった穏やかな眺めが広がり、波の色も刻々と変わっていく景色を眺めることができ、飽きることがありません。私の好きな場所のひとつです。

お宝④ 幕末・維新、龍馬ゆかりの雰囲気が感じられる町並み
鞆龍馬おもてなし隊   大西公孝隊長 鞆歴 8年(週1回以上)


 市が8年前に募集した「鞆龍馬おもてなし隊」をきっかけに、有志がボランティアで坂本龍馬に扮しています。私は毎週、駅家から鞆に来ていて、龍馬がいろは丸沈没後に滞在した「枡屋清右衛門宅」の隠し部屋ほかで当時のいきさつを語るなどしています。
 隠し部屋は、1989年に発見され2011年から公開が始まったばかり。そのため、当時の様子がほぼそのままという貴重な場所です。壁、柱、梁…龍馬の指紋がどこかに残っているかもしれませんよね。
 今年は、龍馬が乗ったいろは丸が沈没した「いろは丸事件」150周年です。誰もが知る幕末のヒーロー・龍馬が、最後の1年の4日間を過ごした地であることも宝ですし、それにマッチングした町並みや雰囲気が今なお残っていることも宝だと思います。龍馬ゆかりの地であることによって、日本各地とつながっていることも自慢です。
 私自身の宝は、隠し部屋を訪れた人が「龍馬がいる!」って喜んでくれる顔、旅の思い出に刻んでいただけること、また「楽しかった」と届けられる声や手紙なんですけどね。
 江戸時代の港湾5点セット(常夜燈、船見番所、波止、焚場、雁木)も現存し、今の町も世界的なアニメや映画の舞台にもなる等、鞆は本当に宝の山。いろは丸展示館に行くと、沈没したいろは丸から引き揚げられたものや、衝突のの様子がよくわかり、龍馬グッズも売られています。色々と思いを馳せて巡ると、楽しいのではないかと思います。



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