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Prekoトップページ > 異業種リレーの『わ』 > 異業種リレーの「わ」No.583 大和屋製パン工場 代表 塩出 喬史さん
異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2017.6.15

異業種リレーの「わ」No.583 大和屋製パン工場 代表 塩出 喬史さん


今回は、「日栄産資株式会社」専務取締役、岡崎 徹也さんのご紹介により、
「大和屋製パン工場(福山市本町9-11、TEL.084-923-0609)」代表、塩出 喬史さんに登場願いました。

 

将来の福山・日本を担う子どもたちへ
学校給食を提供

…行動的な学生時代
 明治5年創業の大和屋本店から、昭和26年に祖父がパン製造部門を分社化して立ち上げたのが、大和屋製パン工場になります。「食を通じて、子ども達の健全な育成に貢献する」を企業理念に、福山市内の公立小学校に向けて給食パンを納入しています。
 福山市で生まれ、2歳まで神奈川県藤沢市で育ちました。船乗りだった父に連れられてタンカーに乗った記憶がわずかにあります。父が大和屋製パン工場に入社したことを機に、福山に引越ししました。家の隣が工場だったこともあり、余った生地で動物の形にしたパンを自分で作り焼いて食べていました。小学生になるとソフトボールチームに入り、カープ2軍の試合を観戦に行くなど野球がとても好きでした。桑田や清原の活躍を見てからは高校野球が好きになり、4年生の時には1人で新幹線に乗り甲子園に行くほど好きになっていました。
 中学生になりクラブ活動を決める際、好きな野球部にしようか、ピアノを習っていたので吹奏楽部に入ろうか悩んだ結果、そのどちらでもなく、県大会チャンピオンで全国大会に出場経験のある同級生に誘われた卓球部に入りました。スポーツ全般が好きで新聞やテレビなどで、スポーツニュースは欠かさずチェックしていたこともあり、この頃はマスコミの仕事がしたいと興味を持っていました。
 プロレスも好きになり、テレビ観戦で新日本の闘魂三銃士、全日本の四天王といった若手が台頭し世代交代をかけた戦いに熱中していました。プロレス好きの同級生と一緒に、青春18きっぷを使って東京ドームへプロレス観戦にも行きました。約14時間の長旅でしたが、会場の熱気に興奮し、憧れの選手達の戦いに感動しました。スポーツ観戦がもとで「乗り鉄」「撮り鉄」と言えるほど電車も好きです。臨時車輌を求めて福山を中心に全国各地に行っていました。


…大学進学はプロレスのため?
 各地の都市空間を見る機会が多かったことから、都市計画にも興味を持つようになり、理工学部がある東京の大学に進学しました。一浪して東京の全寮制の予備校に通っていたのですが、これは今だから言える話ですが、プロレスを会場で観戦したい気持ちが大きかったからなのです。
 大学2年の時、父が50歳の若さで他界しました。野球を好きになったのは、父がソフトボールチームの監督をしていたからで、ピアノを習い始めクラシック音楽が好きになったのも、父が市民オーケストラのトロンボーン奏者だったからです。勉強でも、塾講師もしていた父に教わりました。父から得たものが大きかった分、喪失感も大きかったのですが、多彩だった父のおかげで今の自分があると感謝しています。この時祖父から、製パン工場を継ぐ話がありましたが、もっと世の中を見たいと思っていたので無理を押し通し、通信系の会社にシステムエンジニアとして就職しました。未練が残らないようにやりきったと思えた31歳で、大和屋製パン工場に入社しました。学校給食は子どもの成長に寄与する大きな役目があります。祖父や社員から仕事を学び、組合と協力しながら、子ども達のために美味しい給食を作っています。
 4年前、家族のコミュニケーションが増えるキッカケになればと思い「給食ぱんラスク」を商品化しました。戦後から始まった給食は、70代の方までほぼ全ての人が共通して経験していることだと思います。実際の給食パンとほぼ同じ製法で作ったラスクを食べて、孫や子どもとの会話が増えるツールにしていただけたらという気持ちを込めています。
 創業からもうすぐ70年になります。積み重ねてきた歴史を継承しつつ、これからも高い品質管理をした学校給食を通して、将来の福山・日本を支えていく子ども達の成長をお手伝いしていきます。


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