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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2017.6.9

異業種リレーの「わ」No.582 日栄産資株式会社 専務取締役 岡崎 徹也さん


今回は、「株式会社かい酒店」代表取締役専務、甲斐 龍二さんのご紹介により、「日栄産資株式会社(福山市神辺町新湯野59-5、TEL.084-960-5766)」専務取締役、岡崎 徹也さんに登場願いました。

 

自分たちが愛せる製品が お客様に愛される製品に

…3度の経験
 水呑町に生まれました。1歳の時、父が日栄産資株式会社を創業しました。穀物や飼料、土砂などの粉状物質の梱包・輸送に適している袋、フレキシブルコンテナバッグを製造・販売する会社です。内容量数百㎏から1tまでお客様の要望にフルオーダーで対応でき、今では業界トップクラスです。
 中学までに3回の引越しを経験しました。どれも会社の拡大移転に伴うものです。小学校に入る前に芦田町へ最初の引越しをして、2回目は小学校1年生の時に、駅家町万能倉へ。入学後すぐでしたので、大きな不安もなく馴染めて、自然と友人ができました。その友達に誘われて、2年生から空手道場に通っていました。厳しい稽古を通じて、礼儀と精神的な強さを身につけることが出来ました。やらないといけない宿題や、推薦された学級委員長などは使命感を持って取り組んでいました。中学ではバスケ部に入り、練習に力を入れていました。2年の3学期には神辺町に引っ越すとともに転校。今度ばかりは新しい環境に溶け込めるか不安がありましたが、バスケのおかげですぐに友達が出来て、今でも関係が続いています。高校進学後も一時バスケ部に入ったのですが、友人と遊んだりバンド練習をしたりと新しい楽しみが中心になりました。

…建築家を目指して
 城や神社仏閣、有名な建築家が建てた建築物にも関心を持ち始めていました。幼い頃から自分で考え、着実に結果に向かっていくことができるジグソーパズルや知恵の輪が好きで、5歳の時には、難易度が高い白背景の千ピースパズルに挑戦するほど細かい作業が好きだったこともあって、将来は建築設計士になりたいと思うようになっていました。
 建築科のある大学を目指して勉強した結果、私立大学の建築学科と、国立大学の電子工学科にも合格し、このときは国立大学を選びました。しかし、やっぱり違うなと感じて2年の途中で退学。改めて建築の勉強をするために東京の専門学校に入学し、店舗設計デザインを専攻しました。
 卒業後は念願が叶い、ブライダル施設をメインに手掛けるデザイン設計会社に就職しました。ミスをすると鉄拳が飛んでくるほど厳しい社長の元で、最初の頃は毎日のように辞めたいと思っていましたが、社長の高い技術力・アイデアを求めた行動力に魅了され、いつしか「この人についていきたい、技術を吸収したい、認めてもらいたい」という気持ちになっていました。8年間全国各地で仕事をさせていただいた中でも、一番印象深い設計は、兵庫県芦屋市で完成までに3年の時間をかけた、日本有数の大型ウェディング施設です。家具、装飾の一つひとつにもこだわり、1人で海外に行き打ち合わせもしました。お客様の喜ぶ声を直接お伺いした時は、とても嬉しく、大事なポジションを任されたことの喜びも噛み締めていました。

…自社製品を愛して
 30歳になり、自分と同じ30歳で創業した父と一緒に仕事がしたいと思い、日栄産資に入社しました。最初は分野の違いからとまどいと不安がありましたが、父からは経営面を学び、前職での経験を活かしてCADを使った製品設計と、会社資料作成や社内環境改善を現在担当しています。
 とある勉強会に参加した際に、「自社の製品を愛しているか?」との問いかけをキッカケに、改めて製品に対して考え方、意識に変化が生まれました。もっとお客様から喜ばれるためには、私たちが愛せるものをつくらなくてはと思うようになりました。そのために、父が築いたもの以上の商品になるように、社内に品質管理部門を立ち上げ、異物混入、事故につながる不具合のない安全性が高い製品作りに社員一丸となって取り組んでいます。


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