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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2017.5.26

異業種リレーの「わ」No.581 株式会社かい酒店 代表取締役専務 甲斐 龍二さん


今回は、「有限会社大下木型製作所」専務取締役、大下 真司さんのご紹介により、「株式会社かい酒店(福山市神辺町字十九軒屋242-1、TEL.084-963-3732)」代表取締役専務、甲斐 龍二さんに登場願いました。

 

食を通じて地域を元気に 人を繋げる空間づくり

…父、母のようになりたい
 私が小学1年生の時に、両親がかい酒店を開業しました。父や母のように大人になったら酒屋さんになりたいと思い、配達についていったり、お店の手伝いをしたりしていました。夏休みの絵の宿題には、配達で乗る軽トラの絵を描くほど手伝いが好きでした。勉強も好きで、宿題は毎日しっかりやっていました。
 中学生になるとバスケ部に入り、スポーツは大学生までバスケ一筋でした。高校で県大会に進んだ時と、一緒に汗を流した下の代が中国大会へ進んだ時は嬉しかったですね。今でもバスケ仲間とは仲のいい関係が続いています。
 高校を卒業したらすぐにでも、かい酒店に就職する気持ちでいたのですが、親から「遊ぶつもりでも良いから」と勧められて経営学科のある岡山の大学へ進学しました。

…充実した生活
 大学に入ると1人暮らしが始まり、友人達と遊ぶことが多くなりました。遊び過ぎて次第にお金が足りなくなり、居酒屋でアルバイトを始めることにしました。包丁を持たせてもらい、何も無いところから料理をつくり上げていくこと、率先して電話対応をするなど接客の楽しさを知り飲食店で働くことが好きになっていきました。学校と遊び中心の生活が、アルバイト中心の生活になっていき、多くの人と関わり色々な経験ができた充実した学生生活になりました。親に言われた「遊ぶつもりでいい」=「多 くの人に出会い社会勉強をしてくる」という意味だったことに後から気付きました。
 大学を卒業し実家に戻った際、酒問屋の人から「親が元気なうちは、もっと外の世界で勉強した方が良い」と紹介された、福山で多店舗展開する飲食店に就職しました。最初は1年間勉強して独立開業する予定でしたが、働き始めるとまだまだ未熟で、もっと時間をかけて勉強と経験を重ねないといけないと思いました。新規店立ち上げなどを経験した後、27歳の時に暖簾分けにより神辺町に出店するとともに、かい酒店に入社しました。忙しさと仕事に没頭していたので、あっという間にオープンから3年が過ぎて気付けば 30歳になっていました。

…お客様、従業員に喜んでもらいたい
 35歳の時自分で考えたお店を出店したいと思い、美味しい食事とお酒を提供するのはもちろん、水を使った演出でお客様を楽しませる工夫や高床式のオシャレな内装の「笨乃莉」をつくり、40歳の時には「木洩れ灯」を開業しました。
 実は笨乃莉の出店場所のことで、家族と大ゲンカしました。私は同時期に開業するフジグラン神辺店のすぐ前の土地を希望していましたが、母が独断で今の場所に決めて土地を購入していたのです。結果的にはフレスポ神辺モールが出来て、国道182号線に通じる道も完成したことで利便性の良い場所になりました。木洩れ灯の場所も、母が決めた場所です。この時はまだ道が狭く寂しい場所でしたが、母には土地選びの才能があるのでは?と感じていたので、この時は母を信じて出店を迷うことなく決めました。予想通り道が広くなり、店は角地に立地する現在の状態になりました。
 お客様に喜んでいただくためにスタートした木洩れ灯ですが、オープン当初料理提供時間が長くなり、お客様から多くのクレームをもらい、悔しくてスタッフ全員で泣きました。修正を加え、今の形になるまで3年かかりました。今では慶事・法要・宴会でのご利用が増え、評判がいいと聞いたからとオープン以来の来店をされるお客様も増えて嬉しく思っています。
 数年前からは従業員に働きやすいと思ってもらえるように、労働環境・福利厚生の充実を図っています。これからも従業員と一緒に、食を通じて地域を元気にする店づくり、家族や人と人を繋げる空間と雰囲気がある店づくりを続けていきます。


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