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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2016.11.18

異業種リレーの「わ」No.562 旬彩処 菊新 店主 菊屋 忠義さん


今回は、「株式会社EV-M JAPANひまわり」取締役、正木 紗綾香さんのご紹介により、「旬彩処 菊新(福山市新市町戸手1037-1 TEL.0847-51-3739)」店主、菊屋 忠義さんに登場願いました。

 

家族と力を合わせ お客様に愛されるお店作りを

…好きなことをやりきる 
 広島市内で生まれ、6歳の時に父の仕事の都合で駅家町に引っ越してきました。3歳上と1歳上の姉が2人いまして、一番上の姉の同級生に誘われたことがきっかけで小学3年生の時に学校のサッカークラブに入り、毎日休憩中や学校が終わった後グラウンドでサッカーをしていました。友達と遊ぶこと=サッカーをするという感じでとても楽しかったです。福山の選抜チームにも選出され大会で入賞するなどとても強いチームだったのですが、学校のクラブチームと比べて結果重視だったのがイヤで、のびのびとサッカーを楽しみたかったこともあり、選抜チームを辞めて友人たちとのチームでサッカーを楽しむ方を選びました。
 中学生の部活動でもサッカー部に入りましたが顧問はあまり積極的な先生ではなく、対外試合が少なく練習内容も放任状態だったので、サッカーを辞めることはなかったのですが、友人と遊びに出掛けることが多くなっていました。実はこの頃から将来は料理人になりたいという気持ちを持っていました。幼い頃から手伝いで母と料理を一緒に作ることが好きで、それを見た母からの「料理人になったらいい」という言葉がきっかけでした。他にも親からは「好きなことを好きなようにやれ」と人の道に逸れないことであれば応援をしてくれていました。
 高校を卒業したら調理の専門学校に行くと決めていたので、その前に好きなサッカーを高校3年間悔いのないようにやりきろうと思い神辺旭高校を目指しました。しかし、勉強よりサッカーと遊びを優先していたため担任からは「やめておけ」と言われていました。それでも一度決めたことなので絶対に入学してやろうと思い、受験が始まる3ヶ月前から猛勉強を開始。のちに学校の先生になる一番上の姉に勉強を教えてもらったおかげで無事に合格。姉にはとても感謝しています。一つ上の姉も神辺旭高校に合格していたので、絶対に負けたくないという気持ちもありました。
 高校に入学してからは毎日の朝練、午後の練習に汗を流し、レギュラーになることは出来なかったですが、毎日一緒に練習した仲間とともにチームが県大会ベスト4まで進出できたこと、10年間サッカーを途中辞めせずに続けられたことはとてもいい思い出です。

…和食の世界へ
 高校卒業後は、以前から決めていた料理の勉強をするため大阪の辻調理師専門学校に入学し、日本に生まれた日本人なので、日本食を専攻しました。2年間の勉強を経てミシュランガイドの星を獲得する日本料理の名店、一宗(神戸市)に独立することを前提に入社。朝から晩まで仕事をし、休みの日は気になるお店を食べ歩いて勉強をすることが習慣になっていました。見習いで入り、7年間追い回しから、盛付け、焼方、造場、煮方と修行を積み、28歳の時に今の場所で開業しました。
 実はその間25歳の時に高校の同級生と結婚。大阪の美容専門学校に進学した彼女と交際を始め、彼女も神戸の美容室に就職が決まったことを機に同棲しました。結婚も自然な流れでした。
 お店をオープンさせてからの3年間は、思うような経営ができずとても苦しい時期でしたが、神戸でパティシエをしていた妻の妹が初めての社員として入ってきて、スイーツも併せて提供できるようになってからは女性客を中心に常連様も少しずつ増え、今年で7年目を迎えられました。多くのお客様に支えていただき感謝しかありません。
 来年、駅家の私の実家近くに自宅兼店舗を新築し移転する準備をすすめています。家族あっての仕事だと考えていますので、2人の子どもの近くで働くという思いもあります。
 そして、これまで以上にお客様の期待を裏切らず、喜んでいただける料理を提供していきたいと思っております。新しい店舗では、妻が神戸で経験した技術を発揮できるように美容室の併設と、カフェタイムをもっと楽しんでもらえる店舗にする予定です。自分の力を出し切ることはもちろんですが、美容師の妻、パティシエの妹と3人で力を合わせていきたいと思います。