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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2016.9.2

異業種リレーの「わ」No.555 株式会社 日経社 代表取締役 新宅 正邦さん


今回は、「はなえみ歯科」院長、平田 泰久さんのご紹介により、
「株式会社 日経社(福山市松浜町1-11-22 TEL.084-922-2991)」代表取締役、新宅 正邦さんに登場願いました。

 

誠実に ありがとうと言われる仕事を

…今でも続く出会い
 3人兄弟の長男として松浜町に生まれ育ちました。3歳の頃から公文式で毎日勉強をしていて、小学校1年生の頃には高校1年生で習う三角関数を終わらせるほど前倒しでした。勉強だけしていたわけではなく当時流行っていたテレビゲームを友人の家でしたり、カラオケのある友人宅でよく歌ったりしていました。親から叱られることは少ない子ども時代でしたが、家に帰ってくる時間が遅いことでは注意されていました。
 中学生で塾に通い始め、勉強中心の生活になりました。自分で言うのもなんですが成績は全教科優秀なほうでしたが、広大附属高校に入ると周りのレベルの高さに驚き、教科によって得意・苦手が出てくるようになり、置いていかれないようにさらに勉強していました。前回・前々回登場した、三好君と平田君とは高校からの同級生です。駅前の塾に通っていたので、塾の始まる前と、終わってからは駅前で合流して一緒に話したり遊んだりして息抜きをしていました。一番の思い出は、センター試験2日前に〝壮行会〟と称して皆で集まり、夜遅くまで騒いだことですね。試験の結果が心配でしたが、大阪大学工学部へ無事合格しました。
 彼ら同級生とは今でも交流があり、年に数回集まっては昔話から近況のことなど語り合っています。他業種の経営者も多く、刺激を受けることが多い仲間ばかりです。
 大学では再び周りのレベルの高さに驚きました。友人とも遊びたいし、バイトも何件もしていたので、ついていくことと、単位を落とさないようにモチベーションを維持し続けることが大変でした。入学当初の目標は科学者になることだったのですが、すぐには成果の現れない実験のくり返しが私には合わず、一生続けていくことは難しいなと感じるようになっていました。

…親として経営者として
 大学卒業後は、実家に戻り家業の日経新聞の販売所で社会人生活をスタートしました。毎日夜中の1時15分に起きて2時から新聞配達、終われば13時から始まる翌日配達分の準備まで、1回目の就寝です。昼の仕事が終わればまた、翌日の配達に備えて家に戻り2回目の就寝。中学・高校の頃から家の仕事を手伝っていましたので、一度も寝坊したこともなく、辛いと思うこともありませんでした。逆に普通のサラリーマンと違い1日に2回も寝られる点では、幸せに感じています。
 販売所は祖父が54年前に開業したもので、父が36年間受け継いだ後、昨年末に私が引継ぎ、3代目の代表取締役になりました。会社を継続させることはもちろんですが、働くスタッフが退職まで安心して働ける環境づくりと、その家族を守ることを一番大切に考えています。また、新聞配達に関しても、私を含め全スタッフが、新聞をただ配るのではなく日経新聞の価値を落とさず、お客様から「ありがとう」と言ってもらえるにはどうしたらいいかを常に考え仕事をしています。
 私生活では28歳の時に、高校の同級生の結婚式で出会った女性と1年半交際し30歳の時に結婚しました。4歳と8ヶ月のふたりの女の子がいます。家に一緒にいる時間は長いのですが、起きている時間帯がずれているので、家事、育児は妻が中心になってやってくれています。おかげで結婚後はさらに仕事に集中できる環境でサポートしてもらい感謝しています。
 振り返ると、教育に関しては父は黙って見守ってくれ、母は厳しく育ててくれたように思います。「天に向かってツバをはくな。人・仕事に対して絶対にやってはいけないことはするな。当たり前のことを誠実にやる」と言われ続けたおかげで、今の私があると思います。子どもたちにも、人の気持ちを考えられる人になってもらえるよう親として恥じない見本となる行動をしていきたいと思っています。両親には感謝と慰労の気持ちを伝えたいと旅行をプレゼントしましたが、父親が夫婦2人の旅行に恥ずかしがってまだ行っていません。2人の孫と一緒の旅行なら楽しんできてくれると思い、現在計画中です。