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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2016.6.16

異業種リレーの「わ」No.547 原田眼鏡株式会社 専務取締役 原田 郁士さん


今回は、「有限会社いしだクリーニング」代表取締役、石田 明さんのご紹介により、「原田眼鏡株式会社(福山市神辺町川北150-3 TEL.084-962-2485)」専務取締役、原田 郁士さんに登場願いました。

 

気軽に立ち寄り相談できる「地域密着のオンリーワン店」を目指して益々精進します

…楽しいのが一番大切
 神辺町で生まれ育ちました。兄と姉の3人兄姉の次男です。幼少の頃は活発なほうではありましたがごくごく普通の子どもだったと思います。家の隣の神社でサッカーやキャッチボールをして元気に遊んでいました。小学校の時は人気キャラクターのカードでめんこ遊びやJリーグのカードをコレクションしていましたね。ファミコンもやりましたね。私はマリオ派でしたが遊びの中心がゲームではありませんでした。バス釣りにハマり、池や川によく出掛けていました。独りでも行くくらい夢中になっていましたね。習い事もやっていました。そろばん、スイミングスクール、町内の「走ろう会」にも参加していました。勉強は嫌いでしたね。成績ですか?中の中、普通でしたね。国語の漢字が苦手でした。好きな時間は体育と休憩時間、そして給食です(笑)。中学校では仲のよい友人に誘われバレーボール部に入部しました。2年間頑張りましたが、なんかシックリ来なくて、卓球部に変わりました。小学校の時に何となくピンポン程度でやった記憶があるくらいで、本格的にはやったことはありませんでした。素質か才能か(笑)?直ぐにレギュラーに。県大会にも出場できました。ペンタイプのラケットで得意のスマッシュが決まった瞬間は何とも言えない快感です。中学の思い出はやはり卓球ですね。高校は地元の進学校に入学。卓球部に入る予定でしたが入学と同時に廃部になりがっかりしたのを今でも忘れません。卓球部を同好会で始めようと思い友人に相談したところ、「卓球よりバドミントンがいいよ、カッコいいので女子にもモテるし部員も集りやすいよ」何処に納得したのか仲のよい友人と2人でバドミントン部をスタートさせました。しばらくして彼女が出来ました。友人の話は本当でした(笑)。女子のバドミントン部はあったので一緒に練習させてもらっていました。2人で始めましたが卒業する頃は10人くらいにはなっていましたね。今ではきっとクラブになっていると思います。高校の思い出はバドミントンと修学旅行です。旅行先はシンガポールで異文化に触れ、様々な体験をさせていただきました。思い出の深い高校生活を送ることが出来ました。卒業後は大阪の大学に進みました。独り暮らしのスタートです。コンビニを中心に中華料理店等でアルバイトをしました。旅行が大好きで車で色んなところへ行き見聞を広めました。福井、滋賀、和歌山、京都、奈良、大阪、近畿圏はほとんど制覇しました。バイト代はほとんど車のガソリン代に消えました。早朝から出かける超格安ツアーでイタリアにも行きました。思いっきりエンジョイした大学時代でした。

…決意が覚悟に
 卒業が近づいたある日、実家の眼鏡店を兄が継がない、という話が舞い込んできました。「じゃあ俺が継ぐよ」口に出したことでより決意が固まりました。大学卒業後直ぐに眼鏡の専門学校に入学しました。医学的な観点からも勉強が必要で、悪戦苦闘しました。「つもりにしていれば事前にもっと勉強したのに」とその時は思いましたが、今思えば知らないことで全てが新鮮で逆によい勉強になったと思っています。在学中に約1年、大阪の眼鏡店で働かせていただきました。大学時代に知り合った彼女との結婚を機に福山に戻って来ました。基本や簡単な接客は大阪で学びましたが、実際の仕事は初めてです。父について一から学びました。父の話やお客様に接しているうちに自分の店という今まで体験したことのない責任感が日に日に増していくのを自分でも気がついていました。「もっとしっかりしなきゃ」自分に言い聞かせる毎日でした。振り返れば、家族やお客様に支えていただきあっという間の8年間でした。技術力やコミュニケーション能力をもっともっと磨き高めていきます。まだまだ勉強ですね。今後の決意ですが、地域で№1の眼鏡店を目指します。いいえ「あそこじゃなきゃダメだわ」と言われる気軽に立ち寄り相談できる「地域密着のオンリーワン店」を目指して皆様の力をお借りしながら益々精進いたします。


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