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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2016.4.29

異業種リレーの「わ」No.542 有限会社重政石材店 代表取締役 重政 延知さん


今回は、「有限会社中国美装サービス」代表取締役、渡邉 篤史さんのご紹介により、「有限会社重政石材店(福山市神辺町下御領330-1 TEL.084-966-0258)」代表取締役、重政延知さんに登場願いました。

 

ご縁を大切に地域に貢献できる石材店を目指して頑張ります!!

・・・・なんにでもチャレンジ
 神辺町で生まれ育ちました。一歳下の妹と、三歳はなれた弟の3人兄弟の長男です。近所には同い年の子が少なかったので自然と年上の子と遊ぶことが多かったですね。そのせいもあってか幼少の頃は結構わんぱくでした。近くの山にダンボールで秘密基地をつくったり、山の中を走り回って元気いっぱいに遊んでいました。小学校ではゲームボーイが出始めだったので少しはやりましたがサッカーや自転車に乗ってザリガニやおたまじゃくしをとりに行ったりと、外で遊ぶことが多かったです。そろばんや習字の教室に通っていましたね。音楽が好きで興味があったのでオルガン教室にも通わせてもらっていました。4年生からは町内のソフトボールが始まりましたが、走るのが好きで週2回、地域の陸上教室に通い始めました。好きもありますが楽しかったので陸上が優先になりましたね。短距離100mの選手で神辺地区では一番速かったと思います。県大会にも何度か出場させていただきました。中学では迷わず陸上部に入部しました。夏休みも返上で陸上漬でした。遊んだ記憶はほとんどありません。唯一、夜ラジオを聴くのが楽しみでしたね。勉強ですか?まずまず、だったと思います。授業を真面目に聞いていたので試験勉強をしなくても何とか大丈夫でしたね。


・・・・為せばなる
 高校は地元の公立高校に入学しました。春休みに陸上部の先輩から電話があって練習を見に来ないかと誘われましたが、もう陸上はいいかなって思っていたので行きませんでした。入学しても陸上部の顧問の先生に誘っていただきましたが意志が変わることはありませんでした。弓道部に入ろうかとも思っていましたがタイミングを逃してしまい、3年間、帰宅部でしたね。友人の家に集って他愛のない話をしたりゲームや映画を観にいったりご飯を食べに行ったり楽しい高校生活でしたね。勉強は中学とは違って授業だけでは難しく成績は下がりましたね(笑)。塾にも通わず試験勉強もほとんどしていませんでした。でも、最後のテストくらいは頑張ってみようと想い試験勉強をやってみたところ、それなりにいい点が取れたので何ごともやれば出来るという自信にはなりましたね。


・・・・覚悟のための巣立ち
 卒業後は大学に進学しようかと迷いましたが、父の石材店を継ぐのなら少しでも早いほうがいいと思いました。色んな仕事をやってみてダメなら後を継ぐという、いい加減な選択肢は私には在りませんでした。しかし、私に向いているかどうかがわかりません。それを確かめるために愛知県岡崎市の石材店に勤めながら石の専門学校に入学することにしました。直ぐに親父の下で働きながら勉強するという方法もありましたが、親元を離れ自分を試し磨きたいとの想いもありました。今思えばその選択がプラスに働いてくれました。石の基本を始めとする学科、実地に合わせ同世代の仲間と仕事が出来き、色んなことを学べたことが私には刺激になり、有り難かったですね。お陰で3代目として後を継ぐ決意と覚悟が固まりました。学校に通いながら3年、御礼奉公1年、計4年、石材店での修行を終え、22歳で重政石材店に入社しました。知識や技術の勉強をし直しながら風習や地域、宗教等の違いを学びました。新しいキャドシステムも導入、経営のいろはも学びながら…振り返ればあっという間の17年でした。最近は増税前の仮需要でバタバタでしたが皆に応援していただきながらやっと落ち着いた感じです。異業種の会で委員長もやらせていただきました。これからは祖父や父の意を引き継ぎながら自分の経営スタイルをつくり上げて行きます。また、社会や世の中の変化にも対応出来、ご縁を大切にし、地域に貢献できる石材店を目指して頑張りたいと改めて決意いたしました。