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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2016.1.28

異業種リレーの「わ」No.533 アトリエ紗都 代表 佐藤 利津子さん


今回は、「お好み焼き トトロ」代表、佐藤 ひとみさんのご紹介により、「アトリエ紗都 (福山市芦田町福田1670-3 TEL.084-958-3278)」代表、佐藤 利津子さんに登場願いました。

 

古きよき、日本の文化、着物を楽しみながら活かし、継承するお手伝いをさせていただきます!!

…素晴らしい出会いで覚醒
 山口県で生まれ3歳の時に府中市に引っ越してきました。山口でのことはほとんど覚えていません。古い街並が何となく思い出されるくらいです。3つ上の兄と2人兄妹です。身体が丈夫なほうではなかったので外に出て遊ぶことが少なく、家の中で絵を描いたり、折り紙をして遊んでいました。小学校に上がると看護師をしていた母の仕事の関係で何度か引越しをしました。友達が出来そうになると転校の繰り返しでした。身体が弱く休みがちの上、引っ込み思案の私でしたから学校を変わるのは寂しかったです。この頃からファッションに興味があったのか、着せ替え人形でよく遊んでいましたね。勉強は好きではありませんでしたが、やるべきことはちゃんとやっていました。成績は普通でしたね。食べるのが遅い私は給食が苦手で休憩時間ギリギリまで食べていましたね。高学年になると忙しい母を手伝い、家事をひと通りやっていたので遊んだ記憶はほとんどありません。中学に上がると美術クラブに入りました。諸毛(町内)の太鼓祭りを題材に襖1枚分の木版画にチャレンジしました。7・8人で力を合わせて1年がかりで仕上げていきます。デッサンから始まり、みんなで話し合いながら彫り進めます。少しずつ少しずつ仕上がっていく様にワクワクしていました。よく学校を休む私でしたが、版画の進行状況が気になって仕方ありません。そこには学校に行くのを楽しみにしている私がいました。完成し刷り上がった作品を見たときの喜びと感動は今でも忘れられません。チームワークと仲間の大切さ、そしてやり遂げる素晴らしさを学びました。お陰で私の中で何かが変わり始めました。結婚してから親戚に他校の先生がいて、私たちの作品を屏風にしてくれていたのを見た時は鳥肌が立ちましたね。高校は地元の公立高校に入学しました。クラブは文化部ではなくバスケットボール部に入りました。元気いっぱいにバスケットのコートを走り回っている私がいました。親に内緒で原付の免許も取り、スーパーカブを買ってもらいました。ちょっと遅い反抗期ですかね?(笑)友達の家に集まり音楽を聴いたり、他愛のない話で盛り上がっていました。クリスマスの時は我が家に集まり夜遅くまでジュースやお菓子を食べながらおしゃべりをしました。とっても楽しい高校生活でした。

…迷ったら、即決意!!
 成績ですか?英語が苦手で中の中でした。やりたい事を見つけようと短大に進学を決めましたが、受験当日に大熱を出してしまい進学を諦めました。中高と母の着物に袖を通して遊んでいたのを知ってか?祖母に和裁学校を進められ、入学を決意しました。4年間で2級の国家試験と師範の教師免許を取得しなければ成りません。礼儀や振る舞いは基本中の基本。針の持ち方をはじめ和裁のいろはを徹底的に学びました。生徒数が多く先生にやたらとは質問ができません。早く先に進みたくて見よう見まねでやると始めからやり直しさせられます。厳しく大変だったけどやりがいがあって楽しかったですね。やり抜いた充実感は今でも記憶に残っています。卒業後は呉服屋さんと契約して自宅で独立。3年後に結婚、3人の子どもにも恵まれました。家庭に入り主人の仕事を手伝いながら、姑さんと家事を手分けして子育てにも奮闘。35歳の時に着物の展示会に誘われ、着物をリフォームした洋服を着ていったところ、それを仕事としてやってほしいと誘われました。独学だったので、リフォームの先生に基本から学び、本格的に始めることを決意。先生と仲間が一緒にやってくださると「着物リフォーム 紗都(サト)」を自宅で立ち上げました。3年後にスーパーの中へ出店しないかと声を掛けていただきオープンを決意。お客様や先生、何人もの仲間に支えられ6年間、忙しくも楽しく頑張ることができました。今年からは販売はもとより商品のデザインや開発に力を注いでいきたいと想い、実家に拠点を移しました。只今、2月1日のリニューアルオープンに向けて準備中です。これからは、今まで以上に古きよき、日本の文化である着物を楽しみながら活かし、継承するお手伝いをさせていただきます。


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