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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2015.5.1

異業種リレーの『わ』No.507 株式会社 ナチュラル 代表取締役 村上貴則さん


今回は、「株式会社 Felice」代表取締役、森内大貴さんのご紹介により、「株式会社ナチュラル(福山市水呑町4549-1 TEL.084-920-5007)」代表取締役、村上貴則さんに登場願いました。

 

目標は「車屋でないような車屋」。
自然に元気と笑顔が溢れる居場所!!

…素晴らしい環境に感謝
 福山で生まれ育ちました。ひとりっ子ということもあってか、おとなしい子どもだったと聞いています。祖父の経営する菓子問屋で両親とも働いていたので幼稚園に入園するまでは会社に連れて行かれ事務所の傍らで遊んでいました。会社では祖母に面倒をみてもらっていましたね。幼稚園は嫌いではなかったのですが何故か行きたがらなかったそうです。多分ですが、会社にいれば母や父に会えるからだと思います。そんな時は「やいと」をされて泣く泣く幼稚園へ行っていたそうです。両親、特に母は厳しかったので小学校低学年までは何かと「やいと」をすえられていました。小学校の時にはファミコンゲームが流行っていました。家にも誰かから譲り受けたファミコンがありはしましたが、パッケージを眺めるだけで開かずの箱でしたね。ゲームは友達の家でやらせてもらっていました。4年生になると町内のソフトボールが始まります。私たちの町内は5・6年生が少なかったので4年生からいきなりピッチャーに抜擢。厳しいコーチに練習は勿論ですが礼儀や挨拶も厳しく指導していただきました。その反面、上級生はみんな優しく可愛がってもらいました。ソフトにいくのが楽しかったのをよく覚えています。勉強は嫌いでしたね。でも宿題はちゃんとやっていました。というよりは宿題が終わらないとソフトに行かせてもらえなかったからです(笑)。一番の思い出は6年生のときの大会です。私たちのチームはレギュラーに6年が3人しかいないので優勝は出来ないと噂され、その悔しさをバネに優勝出来たことです。しかも前回の試合で惨敗しているチームとの因縁の対決を勝しての優勝だったのです。嬉しさも倍増でした。中学では迷わず野球部に入部しました。そんなに強いチームではなかったのですが、ソフトの時に可愛がってくれた先輩達も居て楽しく野球が出来ました。3年生になるとクラブはそこそこにして駅周辺に出かけて遊ぶことが多かったですね。学校ではトイレットペーパーをコンサートの時に投げ込むリボンのように4階から投げて遊んでいて怒られたりもしましたね。いたずらが見つかると反省会に行かされます。職員室の廊下に立たされ校歌を大声で歌わされます。今では良い思い出ですね。高校は地元の公立高校に進学しました。クラブには入らず帰宅部でアルバイトとバイク、遊びが中心の高校生活でした。バイトは2年間続けました。進物の包装や商品の陳列、品出しの仕事でした。楽ではありませんでしたが、よい社会勉強になりました。

…みんなに支えられ覚悟!
 卒業後は歯科技工士になろうと思い大阪の専門学校に入学しました。しかし、1年で私には向いていないと判断、自分のやりたいことを探そうと一旦、福山に戻り友人の紹介の鉄工所で1年お世話になりました。その後はしばらくフリーターでした。冬山のリゾートでの短期アルバイトに行きました。スノーボード三昧の楽しいバイトでした。ある日、友人に紹介した車屋の社長に声を掛けていただきこの業界に入りました。特に車が好きなわけでもありませんでしたが、今振り返れば、車を買った友人が喜ぶ姿をみて嬉しい自分を発見したからだと思います。途中、何度か辞めようかと思いましたがお客様のことを思うと又頑張る自分がそこにいました。しかし、結婚して子どもも出来て生活や将来を考えて転職を決めました。そのことをみんなに話すと「これから俺たちは誰に車のことを頼めばいいの」と何人ものお客様に言っていただきました(嬉)。私を信頼して任せてくださるお客様に背中を押していただき、独立を決意!自分の貯金をはたいて最小限必要な工具だけを何とか買い、机も椅子もパソコンも作業場には屋根も無いまま2010年5月10日にここ水呑にご縁をいただき「カーデザイン ナチュラル」をオープンさせていただきました。お客様や取引業者様、友人、スタッフに支えられ今年で5周年を迎え、目標のひとつも叶いました(謝)。これからもお客様が自然に集い、気軽に立ち寄れる居場所。関わっていただいた方が元気に笑顔になれる「車屋じゃないような車屋」を目指して頑張ります。


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