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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2015.4.23

異業種リレーの『わ』No.506 株式会社 Felice 代表取締役 森内 大貴さん


今回は、「黒豚家(鹿児島)」店主、横井建人さんのご紹介により、「株式会社Felice(福山市多治米町2-10-6 TEL.084-957-7276)」代表取締役、森内大貴さんに登場願いました。

 

美容の志事(しごと)を通じ、お客様が喜び幸せになっていただくことが私たちの幸せです!!

…何をやるにも楽しまなきゃ
 福山で生まれ育ちました。一人っ子で、幼少の頃の記憶はほとんどありませんが、母から聞いた話ではやんちゃだったようです。真っ黒になって外で元気に遊んでいました。小学校2年の頃からサッカーを始めました。6年生の時はキャプテンをさせてもらいました。サッカーでの一番の思い出は無茶苦茶、強いチームに8対0でボロボロに負けたことですね。せめて1点、取りたかったですね。とても悔しかったのを今でもよく覚えています。サッカーを通じてチームワークの大切さを学びました。休みには福山港の埠頭に出掛け釣りをしました。小さな針と細いハリスに餌をつけて投げ込み、その周りに撒き餌をします。するとサヨリが大漁に寄ってきます。めちゃくちゃ釣れて楽しかったですね。勉強は嫌いでしたが強制的に塾に入れられ受験させられました。中学へは大半が受験するのが当り前の時代でした。勉強が益々、嫌になったのはその反動ですかね(笑)?結局中学は市立、高校は公立へ進みました。クラブ活動もせずにスケートボードやカラオケにはまっていましたね。グレイが大好きでひたすらなりきって熱唱していました。バンドのまね事もしましたね。高校時代はロンゲ(髪を伸ばして)の「ギャル男」でした。とにかく、楽しかったし、何をやるにも一所懸命に楽しんでいましたね。

…存在価値の追求
 学校を出てからもやりたいことが見つからず、とり合えず建築関係の仕事に就きました。設計士になりたいと思ったのですが、勉強して資格の取得が必要と聞くとあっさり諦めました。そんなある日、中学時代に父が単身赴任で東京にいたときに有名なカリスマ美容師を予約して髪を切ってもらった時のことを思い出しました。テレビで木村拓哉が演じる美容師の番組も放送されていたことも重なり衝動的に「美容師になりたい」との想いが甦ってきました。「よし、やってみよう」早速、市内の美容院に就職しました。しかし現実はそんなに甘くありませんでした。自分なりに頑張ってはみましたが、「俺には合わない」と思いすぐに辞めてしまいました。そんな私に母が言いました。「もう1度頑張ってみなさい」普段、私に意見することがほとんどなかった母からのひと言は妙に重みがあり逆らえないというよりは「もう一度頑張ってみよう」と私を奮い立たせてくれました。すぐに募集を出していた美容院に電話して面接にいきました。特に特技や資格もなかった私は名前と住所だけ書いた履歴書を渡しました。その途端に「なめとるんか?やる気あるんか?あるならちゃんと書いてこい、帰れ!」と追い返されました。問答無用で不採用になった瞬間でしたが、ちゃんと書いてもって行けば採用になるのだと勘違いした私は、一所懸命に書き直してもって行きました。後から聞いた話ですがオーナーは出直してきた私にビックリ!面白い奴だと採用したそうです(笑)。私を変えてくれた素晴らしいお店とオーナーとの出会いでした。まずは、挨拶や礼儀、言葉使いを徹底的に叩き込まれました。仕事も厳しく大変でしたが頑張りました。しばらくして母が入院しました。心配ばかりかけていた母を喜ばせたい!心からそう念いました。まだまだ、中途半端だった私は覚悟を決めました。「ここで一番になって独立したい!!」仕事が終わってから毎日、夜中まで練習しました。美容師の国家資格も通信教育で取得。5年で店長を任せてもらいました。それから5年間、経営のいろはを学びながらお店を運営。そして2011年8月28日ここ、多治米町にご縁をいただき、Felice’hair(フェリーチェ ヘアー)をオープンすることが出来ました。沢山のお客様にご支持をいただき今年で4周年を迎えます。昨年は法人成りし、株式会社Feliceに、今年の3月3日にはトータルケアサロンを2階に併設、オープンさせていただきました。美容の仕事を通じお客様が喜び幸せになっていただくことが私たちの幸せです。「本物」は世のため人のためになります。必要とされ、お客様の文化になることがFeliceの存在価値だと信じ、その心をいつまでも持ち続け、全ての方に幸せを届けて参ります。