ぷれこweb
ぷれこサイト内検索!
Loading

Prekoトップページ > 連載エッセイ > 異業種リレーの『わ』 > 異業種リレーの『わ』No.494 Jam(ジャム)オーナー 黒瀬 昌俊 さん
異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2014.12.26

異業種リレーの『わ』No.494 Jam(ジャム)オーナー 黒瀬 昌俊 さん


今回は、「株式会社岡本工務店」代表取締役岡本 征也さんのご紹介により、「Jam(福山市御幸町上岩成600-2 TEL.084-961-1350)」オーナー黒瀬 昌俊さんに登場願いました。

 

10周年、ありがとうございます。
感謝の想いを忘れず今を大切に!!

…納得が出来ないことはやらない
 福山で生まれ育ちました。幼少の頃はヤンチャでもなく、と言っておとなしいわけでもなく普通の子どもでしたね。近所の友達と外で元気に遊んでいました。公園や空き地も沢山あり遊ぶ場所には困りませんでした。小学校に上がってからも同じ学校に幼馴染や親戚の同級生が沢山居たので同じメンバーでよく遊んでいました。自転車で遠くの山や川原にも出掛けました。3、4年生になると町内のソフトボールが始まります。行くのが嫌で最初の頃は何度となくさぼりました。ソフトに行くと家を出て近くの川原で遊んでいました。すると時間になっても来ない私を心配してみんなで探し回ります。私のせいでその日は練習になりません。さすがの私もみんなに迷惑は掛けられないと思い、納得出来ないままソフトには参加していました。生まれつきだと思いますが納得がいかないとやらない性格ですね。勉強では漢字に訓読みと音読みがあるのが納得できず、これがきっかけで勉強が嫌いになりました(笑)。親が働いていましたので夜は近くの「ほか弁」で弁当を買って食べることが多かったです。その頃ビックリマンのチョコが流行っていて、シール欲しさに弁当代の中からチョコを買ってしまい弁当のお金がよく足らなくなっていましたね。そんな時は弁当屋さんのおばちゃんに交渉します。「おかずやご飯が少なくて良いのでこの弁当をこの金額で売ってほしい」と。お腹が空いて切羽詰ると智恵が出ますね(笑)。中学に上がるとテニス部に入りました。放課後もクラブ活動を殆どやらなくて良いのが決め手でした。最初に入ったサッカー部はその逆で毎日練習だったのですぐに転部しました。なぜクラブをしなければならないのかが分かりませんでしたね。だから実際は帰宅部でした。サバイバルゲームや駅前のゲームセンター等で遊んでいました。高校は地元の公立高校に入学しました。

…まさかの留学が私を変えてくれた
 入学して5ヶ月がたったころ父に薦められ言われるがままイギリスへ留学しました。片言の英語は勿論、単語すら分からない私はジェスチャーだけで1年間を過ごしました。ホストファミリーや友達が本当に良くしてくれたお陰もあり2年目からは単語や意味が聞こえるようになりました。そして空気や感覚もが読めるようになり、3年目には自然に会話が出来、コミュニケーションもとれるようになっていました。その後はロンドンに行きました。そこで美容師として頑張っている日本人に出会いました。とても素晴らしい方でその人の影響で私も美容師になりたいと思うようになっていました。1年後ロンドンの専門学校に入学し1年間で基本を徹底的に学びました。卒業後、知人の紹介で美容院の仕事を体験をさせてもらうことになりました。ビザの関係で働けませんが、シャンプーや雑用をする代わりに勉強をさせてもらう条件で入りました。勿論、給料はありませんがチップだけでいい稼ぎになっていましたね。ロンドンは実力の世界で人気のあるスタイリストには通常の10倍の料金を払ってでもお願いしたいのだそうです。イギリス、ロンドンで約6年、貴重な体験と学びを沢山いただきました。23歳で日本に戻り先ずは国家試験を取得、東京の有名チェーン店で2年、同店から独立した先輩の店で2年働き日本の美容業界の勉強させてもらいました。27歳の時、自分の店を持とうと決意、福山に戻り準備に1年、2004年9月25日にここ御幸町にヘアサロン「Jam(ジャム)」をオープンさせていただきました。お陰様で今年10周年を迎えることが出来ました。過ぎてしまえば、あっと言う間でしたが、人や売上で苦労して大変な思いもしました。お客様やスタッフ、家族に支えられ今日まで頑張ることが出来ました。思いかえせば、オープンの時からずっと来てくださっている方もいらっしゃいます。ありえないです、本当に有り難いことです。改めて、ありがとうございます。そして、父や母にも感謝ですね。これからもこの感謝の想い忘れず、今のお客様を大切に長いお付き合いをさせていただきたいと思います。