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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2014.12.11

異業種リレーの『わ』No.493 株式会社 岡本工務店 代表取締役 岡本 征也 さん


今回は、「株式会社小山オフセット印刷所」常務取締役小山 多永子さんのご紹介により、「株式会社岡本工務店(福山市御幸町下岩成273-1 TEL.084-983-0365)」代表取締役岡本 征也さんに登場願いました。

 

「大事は小事を積み上げてなる…」を胸に存在価値の高い会社に成長していきます。

…目立ちたがり屋で負けず嫌い
 福山で生まれ育ちました。妹と弟の3人きょうだいです。幼少の頃から外で元気に遊ぶわんぱく小僧でした。近くに田んぼや空き地が沢山あったので遊ぶ場所には困りませんでした。ちょうどファミコンゲームが流行っていましたが、我が家は子どもは風の子、天気が良い日は外で遊ぶのが当り前と言う方針でしたからね。小学校に上がってからは行動範囲も広がり友達も増えました。父親の影響で野球が大好きになりました。勿論、カープファンです。月に1回は広島市民球場へ応援に出掛けていました。今でもよくいきます。今年は後半だけでもマツダスタジアムへ10回は行きましたね。町内のソフトボールのチームではピッチャーでした。連合チームになるとサードをまかされました。目立ちたがり屋でかなりの負けず嫌いだったと思います。勉強は体育以外は嫌いでしたね(笑)。中学では野球部に入りました。練習もハードできつかったですし、私たちの時はまだ上下関係が厳しい時だったのでしごかれたり、しゃくられたり先輩によっては理不尽なことを強いられたこともありましたよ。そうやって成長して行くのだと思います。高校進学はそんなに悩みませんでした。うちは曽祖父、祖父、父と代々大工一家で時々父を手伝っていた影響もあったと思います。どうせならと想い地元の公立高校の建築科に進学しました。高校ではクラブには入らず帰宅部で遊んでばかりでした。何をして遊ぶと言う訳ではありませんが友達や彼女、バイクに夢中でした。その代わり学期末や学年末には補習授業をみっちりと受けさせられました。補習だけでは単位が難しい場合は先生や学校の手伝いをして必至で単位を獲得していました。世の中はよく出来ていて、遊んだりさぼったりしたツケは必ずまわって来ますね(笑)。

…俺が変われば全てが変わる
 卒業が近づいてきましたが特にやりたいことは見つかりませんでした。考えた末、父に弟子入りすることにしました。職人気質な父は「仕事は見て覚えるのが当り前だ」の世界でした。あごで使われ、毎日雑用ばかりでした。「悔しかったらもっと頑張れ」怒られてばかりでした。「教えてくれないのに出来るわけがない」悔しさの余り反発し、喧嘩して現場から歩いて帰ったこともありました。でも、仕事を覚え要領が解るようになると面白くてもっともっとやりたいと思うようになりました。その頃は我ながらよく辛抱したと思っていましたが、今はよくわかります。本当に辛抱したのは私ではなく父でした。面と向かっては中々いえませんが感謝しています。26歳の時、自分一人でやろうと父の元を飛び出しました。しかし、世の中はそんなに甘いものではありませんでした。2週間仕事があれば10日休みと言う日が1年以上続きました。仕事が出来るだけではダメなのだということを思い知らされました。でも、自分で選んだ道、泣き事は言えません。何とかしなければ…いろんな方に助言やアドバイスもいただきました。苦しんだ末に気づきたどり着いた答えは「俺が変わらなきゃダメだ」ということでした。先ずは、周りの先輩や素晴らしい方々を見習い真似をすることからはじめました。必死でした。そして、教えていただいたのはご縁やご恩をどれだけ大事に出来るかということでした。同業種の先輩や仲間、そしてお客様に助けられ支えてもらい、お陰様で2年目から仕事も順調になり始めました。5年後にはスタッフも増え今の場所に事務所を構えさせていただきました。更に一所懸命に5年、今年10月に法人化、株式会社岡本工務店として新たなスタートを切らせていただきました。これからも元請さんやお客様を今まで以上に大事にして、お客様の想いやニーズに応えられる、困った時に気軽にお声掛いただけるフットワークの軽い工務店を目指します。そして、「大事は小事を積み上げてなるもの 代々つづく歴史と経験に因る 工夫を凝らし 良いもの ほんまもんを この手で残したい」を胸に、スタッフと力を合わせ、岡本工務店に任せてよかったと言われる存在価値の高い集団、会社に成長していきます。


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