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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2014.11.6

異業種リレーの『わ』No.489 須藤工務店株式会社 代表取締役 須藤 利弘さん


今回は、「介護タクシーうつみ島開業準備室」代表 中島 俊彦さんさんのご紹介により、「須藤工務店株式会社(福山市千田町3159-2 TEL.084-955-5557)」代表取締役社長、須藤 利弘さんに登場願いました。

 

「住み継ぐ家を真心を込めて」
安心出来る家づくりをサポート!!

…町をあげてのお祭り
 鞆町で生まれ育ちました。姉と妹の3人きょうだいの長男です。おとなしくて無口で真面目、人と話すのが苦手な子どもだったと聞いています。海が直ぐ近くなので海絡みで遊びました。しかし、何故か水泳が苦手(ほぼ金槌)だったので泳いだ思い出はありませんね。主には魚釣りや潮干狩りをして遊びました。色んな魚がよく釣れていました。あさりも今では想像もつかない位大きいものがバケツいっぱいに獲れていました。小学校に上がっても釣りや貝堀りは良くやりました。スポーツはそんなに得意ではありませんでしたが町内のソフトボールには参加していました。高学年になると試合にも出ていました。どこのポジションだったかは良く覚えていませんが(笑)。やっぱり一番の思い出はお祭りですね、7ヶ町が当番制で開催する大きな祭りが2月のお弓神事から始まり7月はお手火神事、秋祭りのちょうさいとあり、当番の町の子ども達は準備があるので学校を早退したり休んだりが当り前のように出来ていました。それだけ町をあげての一大イベントだからです。町ごとのお宮の小さな祭りも入れると毎月の様にお祭りがありました。今でも実家が鞆にあるのでお祭りの時には手伝いに帰ります。大変ですけど歴史や伝統のあるお祭りなのでやりがいがありますね。中学ではクラブはバスケットボール部に入りました。背が伸びたらいいなと思ったからです。そんなに強いチームではなかったので練習もそんなに厳しくなくて頑張ったというよりは楽しんだと言う感じですかね。勉強は好きではありませんでしたが、成績は中の中くらいだったと思います。高校受験は地元の公立高校一本でそれなりに受験勉強をしました。なんとか建築科に合格できました。中学の延長というわけではないのですがバスケット部に入部しました。強いチームで練習も厳しいと聞いていましたので。私なりに目標を持っていました。上手くなりたいとか背が伸びたいと言う動機ではなく心身共に鍛えたいと決意し入部しました。しかし、いざ入部し練習に参加してみると思った以上に厳しく、その時は死ぬ思いで頑張りました。退部者も続出でした。お盆やゴールデンウイークも休み無く練習があり毎日クタクタになっていました。高校時代の3年間はバスケ一筋でやり抜きました。

…魅惑の社交ダンス
 就職は都会への憧れもあり大阪の建築関係の会社の採用試験を受けましたが内定をいただけませんでした。先生から進められ地元の工務店を受けなんとか採用になりました。石の上にも3年、そして5年とにかく辛抱する覚悟で入社しました。覚えなければならないことも多く色んな先輩に雑用は頼まれるし中々仕事に慣れず、大変でしたが歯を喰いしばって頑張りました。今振り返れば、高校でのバスケットの頑張りが役に立ったのだと思います。入社して直ぐに会社のお花見があり、その帰りに先輩2人に「いいとこへ連れて行ってやろう」と言われてついて行きました。そこは社交ダンスのパーティー会場でした。あ然!!として声も出なかったのを昨日のことの様によく覚えています。「こんな世界もあるんだ?!」先輩に言われるがままダンスの世界に…徐々にですが魅了されて行きました。のちにダンスの先生からダンスホールを建築させていただいたことがきっかけとなり、数々の競技会にも参加、最終的には講師の免許を取得しました。26歳で結婚、2人の子どもにも恵まれ、2級建築士の資格も取得しました。公私共に充実した毎日でした。
 2010年に独立を決意させていただくチャンスをいただき翌年の2011年11月に須藤工務店株式会社を開業させていただきました。お客様やスタッフに支えられてあっという間でしたが今年3周年を迎えさせていただきました。これからも「住み継ぐ家を真心を込めて」をスローガンに、ご家族の健康と暮らしの安全を守り快適に暮らせる安心出来る家づくりをサポートさせていただきます。小さなリフォームから注文住宅までお住まいに関することならなんでもお気軽にご相談ください。