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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2014.4.24

異業種リレーの『わ』No.470 ランジェリー専門店『エティック』代表 土居 栄子さん


今回は、「パディントン」マネージャー、高亀 真由美さんのご紹介により、「ランジェリー専門店エティック(福山市寺町7-8 TEL084-921-0393)」代表、土居栄子さんに登場願いました。

 

継続は力なり!不思議な魅力を通じて
頑張る女性を応援します!!

…素晴らしい環境に感謝
 広島県の三次市で生まれ育ちました。幼少期から自然いっぱいの環境の中で元気に遊ぶ活発な子どもでした。兄と姉、そして近所の男の子2人の5人組が仲良しで、近くの神社の境内で石蹴りをしたり山を走り回ったり、池で泳いだりして遊びました。小学校は田舎の学校でしたが第一次ベビーブームだったこともあり、ひとクラス30人弱はいましたね。自宅が学校のすぐ近くだったので、休憩時間は家に帰って柿の木に登って実を獲って丸かじりしていました。でも、一番に思い出すのは父について馬車で山に木や山菜などを採りに出掛けたことです。青い空と景色を眺めながら荷台でゆられる道中は気持ち良かったですよ。遊んだ思い出ばかりですが、勉強も嫌いではありませんでした(笑)。
 中学に上がってからは片道4㎞の山道を通学しました。小柄な私は、背の高い先輩が多かった卓球部に憧れ入部しました。動機がいい加減だったせいか1年で退部しました。その後は帰宅部で友達と寄り道をしながらワイワイガヤガヤと帰り、途中よその家の縁先をかりて、朝に母が作ってくれたおにぎりをおやつ代わりに食べるのです。「美味しかったなあ」道草が過ぎて遅くなった時は通りかかった近所の方が運転するバタコン(三輪自動車)の荷台に家の近くまで乗せてもらったこともありましたね。そうそう、山で食べる野いちごも格別です。百合根やたずっぽ(イタドリ)も食べましたね。通学の所要時間は行きは1時間ですが、帰りは3時間近くかかっていました。高校は地元の進学校に挑戦し、受験勉強は近くの大学生の方の家に通い勉強をみてもらっていました。無事合格し進学コースで入学できました。しかし大学へ行くつもりはありませんでした。朝、昼、夜一本しかないバスで通うので、乗り遅れたら大変です。高校の近くに兄がいたので、時々、短期や長期で居候したこともありました。放課後は将棋をよくやりました。強い男の子を相手に何回も何回も勝つまでやりました。このころから負けず嫌いでしたね。

…継続は力なり
 卒業後はやはり、進学せず就職することにして、何社かの採用試験を受けましたが、なかなかやりたいことが見つからず結局、地方公務員の資格を取り福山の小学校に配属になりました。約4年間でしたが良い社会勉強ができました。退職のきっかけは結婚です。職場の先輩の紹介でした。会った時の直感で「この人と結婚するな」と思いました。主人は喫茶店を経営していましたが、新しい事業をやりたいと相談を受け、姉が下着にこだわっていたのを思い出し「これだ!この市場はこれから伸びる」と直感的に思いました。早速、私は業界と商品、販売、接客の猛勉強を一年(念)間。メーカーさんから「そんな甘いもんじゃないよ」と言われながらも、私の想いは固まりました。と同時に、宝町に店舗が見つかりました。1972年6月1日に、こだわりの女性下着の専門店『エティック』をOPENしました。ほとんど毎日、開店前に広島の問屋に商品を仕入れに行きました。3・5坪の狭い店だったので坪効率と商品の回転率はかなり高かったです。「どんなことがあっても頑張り抜こう」必至と言うよりは夢中でしたね。お客様とのご縁を大切に日々勉強。1年で何とか軌道に乗せることができました。さんすてやトモテツセブン、三原、倉敷へも出店しました。そして、1998年に今の場所に4階建ての店舗兼住まいを建てました。振り返れば、大変なことも山のようにありましたがお客様や異業種の仲間にも支えられ今年で創業42周年を迎えます。「今ここ100%、継続は力なりです」40歳を過ぎてから始めた三味線も22年間頑張っています。これからも初心を忘れず、身につけることで気持ちをも左右する不思議な魅力を持った下着を通じて頑張る女性を応援させていただきます。