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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2014.3.27

異業種リレーの『わ』No.467 キッチンランド取締役店長 藤原 洋子さん


今回は、「Aromatherapy Salon TRINITY.B」オーナー、杉之原 かおりさんのご紹介により、「キッチンランド(福山市地吹町3-4 TEL084-922-1902)」取締役店長、藤原 洋子さんに登場願いました。

 

キッチンランドを通じて
「Win Win・三方良し」をお手伝い!!

…徹底的にやれば出来る
 岡山の井原市で生まれ育ちました。外で遊ぶのが大好きでどちらかと言うと活発な子どもだったと思います。近所の年上の男の子と山に登ったり、秘密基地を作って遊んだ記憶が甦りました。小学校に上がってからも益々活発になったように思います。勉強は好きではありませんでしたが真面目にやっていましたね。そろばんや習字、オルガン教室へも通っていました。中学からは父の仕事の関係で福山に引っ越して来ました。クラブはテニス部に入りました。とにかくテニスが上手くなりたいと思っていましたね。厳しい顧問の先生の下で一所懸命でした。1年生の時は基本の練習と球拾いしかやらせてもらえませんでしたがコートに立って活躍する姿を夢に見て頑張りました。やればやるほどテニスに魅了されていきました。高校に上がっても迷わずテニス部に入部しました。先輩が強い学校でしたので私たちが中心になってからは、かなりプレッシャーも感じていました。しかし若さですかね、それを楽しんでもいました。早朝練習から始まり放課後の練習は日が暮れるまで、夏休みも春休みもなく真っ黒になって練習に明け暮れる毎日でした。高校最後の大会はインターハイの一歩手前で敗退はしましたがやり切った充実感でいっぱいでした。中、高校の6年間は「徹底的にやれば出来ないことなどない」をテニスを通じて学びました。そんな高校時代でしたので気がついたら2学期の後半、進路を決めなければならない時期を迎えていました。やりたいことを探そうと岡山の短大に入学しました。大学生活は何をする訳でもありませんがとにかく楽しかったですね。友達とお茶をしながら話をしたり、大学の帰りに倉敷で途中下車して買い物をしたりの普通が楽しかったですね。中高のテニス一筋で厳しさや辛さを楽しむ生活から一転し少し遅れて迎えた青春時代ですかね(笑)。

…天職との出会い
 大学を卒業して現在のJFEの関連の会社に入社、事務の仕事をやらせてもらいましたがもの足りなさを感じ1年で退社しました。大学時代に取得した栄養士の免許を活かし大手乳業会社に入りました。産婦人科をまわりお母さんたちに粉ミルクと離乳食の指導をする仕事でした。楽しくやりがいのある仕事でした。人と関わりながら役に立つ仕事の素晴らしさを学ぶと共にそんな仕事が好きな自分を発見できました。ここで3年間お世話になりその後は父の会社を手伝うことにしました。2人姉妹の長女で父の後を継ぐことは暗黙の内に了承しており少しでも早いほうが良いかと思ったからです。30歳で結婚2年後に主人が父から会社を継いで社長に就任しました。バブル崩壊の直後で不況の煽りも受け取引先の倒産などの辛い経験もあり、大変な思いもしながらの26年でしたが振り返ればあっと言う間でした。父の教え「商売は堅実でなければ成らない。泣かされても泣かさない、牛のよだれのように細く長くコツコツと信頼を足で稼いで築きなさい」を胸にお客様やスタッフに支えられ主人と力を合わせ今日まで頑張って来ました。これからは、2010年9月にオープンさせた「キッチンランド」の再構築に力を注ぎたいと思います。人と人、物と物を繋ぐ食の情報発信の拠点にして行きたいと考えています。昨年9月の誕生日を迎え感慨深くそう決意しました。不思議なもので、とたんに色んな方のご縁をいただくようになりました。今、世の中は革めて食と健康を考えなければ成らない時代を迎えました。そして忘れられている商いの原点は全ての方が幸せになれるWin、Win三方良しの関係づくりだと思います。これこそが商売のあるべき姿だと考えます。この2つを大きなテーマにキッチンランドを通じ「食」でその仕組みづくりをお手伝いさせていただきます。それが私の使命、天職だと氣づいたからです。


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