ぷれこweb
ぷれこサイト内検索!
Loading

Prekoトップページ > 連載エッセイ > 異業種リレーの『わ』 > 異業種リレーの『わ』No.465 フェ&雑貨 -零和- Kobonago共同経営者 土居 範子さん
異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2014.3.7

異業種リレーの『わ』No.465 フェ&雑貨 -零和- Kobonago共同経営者 土居 範子さん


今回は、「神辺バンビ」オーナー、根波 泰子さんのご紹介により、「カフェ&雑貨 -零和- Kobonago(福山市緑町1-51 TEL080-3880-6933)」共同経営者、土居 範子さんに登場願いました。

 

自然界の原理に基いて女性の癒しと自立、
夢のお手伝いをさせていただきます!!

…環境に感謝
 福山で生まれ育ちました。外で元気に遊ぶ活発な子どもだったと思います。父は鉄工所を経営していて母も勤めに出ていましたので、家庭福祉施設(現在の学童保育)に入っていました。そこでは0歳から中学生までの子ども達が自然に姉妹のように過ごします。自分でできることは自分でやる、できない子には教えてあげる。妹や弟、年下が多かったので当り前のように面倒を見ていましたね。自立を手伝いながら自立していく。今振り返れば私は最良の環境に恵まれていたのだと思います。外遊びやスポーツは大好きでフットベースボールもやりましたが幼少期と小学時代はここでの思い出が中心ですね。中学校では友達に誘われてテニス部に入りました。友達も増えてクラブ自体は楽しかったのですが練習と特に上下関係は厳しかったです。あのころですから理不尽なシゴキやお説教は当り前でしたね。思い出を聞かれると3年生の一部の先輩の機嫌で1・2年はグランドに全員正座、説教をされることです。これがちょいちょいあるのです。良いことも言われるのですが石ころが足に刺さって痛いのと痺れで話の内容は頭に入りませんでしたね。この悪しき伝統を私たちが3年になって改革、やめることが出来たことです。仲間との絆、団結の素晴らしさを実学できました。高校は選抜受験にチャレンジしました。合格はしたものの第一志望に行けず仲の良い友達と離ればなれになり当初はかなり寂しい想いをしました。しばらくして友達も出来、ブームだったバンドにも夢中、活動こそしませんでしたが高校時代はめちゃくちゃ遊びました。卒業してからは仲の良かった友達がいる憧れの東京に行きたいと思っていました。しかし、親や周りの猛反対にあい、やむなく諦めました。気がついたときは近場に受験できる大学はわずか、しかも2次試験からしかチャレンジできません。しかしこのアクシデントが良い縁をくれました。私の目に飛び込んできたのは短大の保育科。「よし!保育士になろう」決意ではなく自然にそう思いました。岡山の短大に合格。どうせなら最高の保育士になろう、短大での勉強に加えてどんな保育士になるべきか知識や想いを磨き独学で勉強し自らを高めたいと思いました。

…使命との出会い
 卒業後の就職はいろんな保育所からお声掛けをいただきましたが、公立の保育所1本で受けることにしました。10倍強の競争率でしたが「なせば成る」の超プラス発想で合格できました(無謀)。人からは潜在能力が優れているのだと言われました。保育士時代は楽しいことや失敗も沢山ありましたが必至の18年間でした。子育てのお手伝い、若い保育士さんの育成、所内の改革。惜しみなく全身全霊でやり抜き、思い残すことはありません。退社したきっかけになったのは子ども達や母にやりたいことをやらせてあげたいと思ったからです。そのためにはある程度自由な時間も必要だと考え始めた時、私の使命に気づき出会うことが出来ました。私自身21で結婚、27で離婚、波乱万丈な人生の中、本当の意味で自立するためには誰かの自立のお手伝いをさせていただくことだと気づきました(素晴らしい保育士になるためには素晴らしい保育士を育てること)。今年の2月8日に緑町の住宅展示場のモデルハウス内でご縁と応援をいただき、カフェ&雑貨の、零和─kobonago(こぼなご)を共同経営でオープン。退社してからの3年間でいろんな方のご縁で沢山の使命をいただきました。自立を目指す人の夢に花を咲かせるお手伝い「ゆめのたね福山」の代表とサロン経営のコンサル、ビューティーアドバイザースクールとFMラジオのパーソナリティーもやらせていただいております。これからも、「選択の幅は人生の幅」を胸に人生にありがとうの花を咲かせるお手伝いをさせていただきます。