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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2014.1.24

異業種リレーの『わ』No.461 HAIR Plastico オーナースタイリスト 木寺 一誠さん


今回は、「有限会社マツウラ サロン事業部」総支配人、松浦 悦児さんのご紹介により、「HAIR Plastico(福山市沖野上町5-17-17 TEL.084-928-6650)」オーナースタイリスト、木寺 一誠さんに登場願いました。

 

出会いとご縁を大切に、アットホームで
存在感のあるサロンを目指します

…一所懸命で道は開く
 福山で生まれ育ちました。姉と二人姉弟です。幼少時はみんな同じだとは思いますが、最初は人見知りがあり、おとなしいのですが馴れるとかなり活発でしたね。外で元気に遊ぶ子どもでした。小学校では図工の授業で絵を描くのが好きでした。いくつかの賞もいただきました。学校が終わると一目散に家に帰り近所の友達とかくれんぼや鬼ごっこをして遊びました。プラモデルやラジコンもやりましたね。高学年になると町内のソフトボールが始まり、それがきっかけでクラスメイトともソフトをして遊ぶことが多くなりました。町内のチームでのポジションはセカンドでした。そんなに強いチームではありませんでしたね。学区の大会では準優勝が最高成績でしたがとにかく楽しかったです。でも小学校の一番の思い出は楽しみにしていた修学旅行の前日に盲腸炎になったことです。急にお腹がチクチクと痛みだし病院で診てもらったらまさかの盲腸でした。幸いすぐに手術をしなくてもよく修学旅行に行くことが出来ました。少々不安はありましたが出発すると痛みも忘れて楽しい修学旅行になりました。今では笑い話の良い思い出になりましたね(その後中1で盲腸は切りました)。中学に上がってからは野球部に入りたかったのですが坊主が嫌で断念。卓球部に入部。3年間、楽しみながら頑張りました。福山市内では団体で3位の成績でした。休みの日は姉のフォークギターを借りて友人にギターを教えてもらいました。また週3日、塾へも通い始めました。友人も増え「どんなことでも楽しめる!」を学んだ充実の中学生活でした。高校は男子校に進学しました。クラブは中学時代の卓球部の先輩に誘われ卓球部に入部はしましたが1年で退部。理由は他の先輩のバンドの演奏に魅了されたことです。「俺もやりたい」早速、アルバイトでエレキギターを購入。友人とバンドを組んで夢中で練習しました。ローリングストーンズやストリートスライダーズのコピーバンドで憧れのギタリストはミック・テイラーでした。寝ても覚めてもギターの高校時代でした。今思えばバンドやギターを通じて一所懸命に打ち込むことで道が開けることを学んだように思います。

…出会いとご縁に感謝
 卒業してからは、これもバンドのファッションの影響でヘアースタイルに深い興味を持ったのがきっかけでヘアサロン業界に進むことを決めました。都会への憧れもあり東京の美容学校に入学しました。基礎を徹底的に勉強しました。卒業後は福山に戻りインターンで1年間は美容院の現場を体験、試験を受けられる資格を得て国家試験に臨み取得しました。すぐに市内で店舗展開している美容院に入社が決まりました。年中無休で毎日が特訓の厳しいサロンでした。朝は7時から朝練、9時から19時までは勤務。店が終わってからは21時まで講習会と遊ぶ時間はありませんでしたが私にとっては、基本や技術を徹底的に学べる、もってこいの環境でした。修行中は色々大変でしたが逆にそれを楽しむことが出来ましたね。独立前4年間お世話になったサロンは私の3歳上のやり手のオーナーで店の運営やオペレーション、経営学をとことん学ぶことが出来ました。ここにお世話になってから独立を具体的に考えるようになっていました。そして、平成9年10月28日にここ沖野上にご縁をいただきHAIR Plastico(ヘアー プラスティコ)をオープンさせていただきました。お客様や仲間に支えられ今日まで頑張ることが出来ました。お陰様で今年17年目のスタートが切れました。本当にありがとうございます。これからも、数あるサロンの中から私どものお店に来てくださっているお客様を大事に、またいただいた出会いとご縁を大切にこのサロンを選んで良かったと喜んでもらえるアットホームで存在感のあるサロンを目指して頑張ります。


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