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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2014.1.16

異業種リレーの『わ』No.460 (有)マツウラ サロン事業部総支配人 松浦 悦児さん


今回は、「株式会社WIS」代表取締役、山根 雄二さんのご紹介により、
「有限会社マツウラ サロン事業部(福山市引野町5-10-25 TEL.084-940-5162)」
総支配人、松浦 悦児さんに登場願いました。

 

日本初、福山発の「癒し温熱サロン」で
一人でも多くの方を笑顔にしたい!!

…徹底的にやり抜く
 福山で生まれ育ちました。小さい時から絵を描いたりして家の中で遊ぶことが多かったです。運動やスポーツは嫌いでしたね。小学校の時はスーパーカーブームで車の絵を描いたり、スーパーカーの消しゴムで遊んでいました。プラモデルにもはまりましたね、ランボルギーニカウンタックやイオタ、ミウラ、懐かしいですね。勉強もどちらかというと好きなほうではありませんでした。とにかく絵を描くことが大好きでした。中学に上がってからは美術部に入り油絵を始め、夢中になりました。何度か入選して賞もいただきました。高校に進学してからは中学校の時の友達のバンドのライブを観て、その変身ぶりに魅せられ「俺もやりたい」と思いました。すぐに友人に声をかけバンドを結成しました。私はギターを担当しました。ボウイが流行っていましたが私たちはストーンズのコピーバンドでした。同時にアルバイトも始めましたが給料は全てスタジオ代などバンドに費やしました。はまりにハマリましたね。毎日、朝に昼に夜に練習に明け暮れました。文化祭やコンサートをやる時は学校を休んででも練習をやりましたね。おかげで出席日数が足らず、留年を繰り返しました(笑)。とにかく楽しくて仕方ありませんでした。とことん、徹底的にやり抜けば必ず自分のやりたい事が見つかることを学びました。

…人を喜ばせ笑顔にしたい
 何とか高校を卒業。将来はデザインの道に進みたいと決断しました。卒業後は東京のインテリアのデザイン学校へ入学しました。寮に入り自分で部屋を丸ごとコーディネート、傑作の出来に大満足でした。今でも良い思い出です。すぐに皿洗いのアルバイトを始めました。さすが東京新宿歌舞伎町!時給は福山の3倍でした。喜びましたが画材などの勉強道具にこだわっていた分、給料はあっという間になくなります。2年目には寮が改装になり賃貸暮らしが始まりました。私は同じ予算で広い部屋に住みたいと思い少し田舎の八王子に引越し、学校のある新宿まで1時間掛けて通いました。ここでの3年間でコンセプトを立て、それをコーディネートし具現化、形にして行くことを中心に学びました。卒業してこのまま東京でデザイン関係の仕事に就こうと決めていましたが、父の会社のビルの管理部門が忙しいので少しの間だけ手伝ってほしいと言われ、東京のアパートはそのままに福山に戻りました。しかし、手伝いとはいえ仕事をやる以上はいい加減なことは出来ません。クライアント様に満足してもらうため一所懸命でした。管理先が困っていることを自分の得意を活かし解決、喜んでもらえる仕事にやりがいを見つけました。結局父の仕事をとことんやってみることを決意しました。あれから20年大変なこともたくさんありましたが、いろんな方に出会いご縁をいただきました。1年くらい前から母が体調を崩し付き添うことが多くなりました。そんな母がある温浴施設を利用し「あそこに行くと楽になる」の言葉に温熱療法の勉強を必死でやりました。熱とラドン、水素を取り入れることで坑酸化作用で身体を芯から温め酸化を改善してくれるメカニズムを学びました。「これは、素晴らしい」そして、2月に引野町に「癒しの温熱サロン星の雫」をオープンすることにいたしました。この施設を通じ、母を始め体調を崩したり病気で悩んでいる方の役に立ちたい、元気になっていただきたいと思っています。施設の内装も五感に訴え元気がもらえる演出を考えています。オープンに向け只今最終調整中です。「あそこに行くと楽になる、元気になれる」「あのサロンがなくなると困る」「私の街にもオープンして欲しい」そんなサロンを目指し一人でも多くの方に喜んで笑顔になってもらいたいです。この事業は母が私に与えてくれた使命であり天職だと確信しているからです。


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