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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2013.12.27

異業種リレーの『わ』No.458 Aquarium TOJO 広島『游遊』 明賀 健太郎


今回は、「ごはん処 宮園」代表、増山 智之さんのご紹介により、「Aquarium TOJO 広島『游遊』(福山市新涯町4-15-6 田園ハイツB TEL.084-994-2614)」代表、明賀 健太郎さんに登場願いました。

 

魚たちの不思議なセラピー効果を
より引き出し、いやし空間をご提供

…夢中と継続は力なり
 庄原市の東城町で生まれ育ちました。妹2人の3人兄妹です。小さいころはおとなしい性格だったようです。「泣き虫の健ちゃん」と呼ばれていたみたいです(笑)。両親は共働きだったので祖父母に育てられました。小学校に上がってからは家の前が河だったので、おじいちゃんと魚釣りで鯉や山女、鮎を釣って遊びました。一番の思い出は学校の朝礼でのグループ発表会です。研究をした内容を全校生徒の前で発表するのです。とは言っても全学年あわせても40人足らず、すぐに順番が回ってきます。虫を捕まえては事典で調べ観察して、それを絵にして発表するのです。また、愛鳥モデル校でもあったので裏山にやってくる渡り鳥や野鳥の餌場や巣箱を作って、やって来た鳥たちを双眼鏡で観察します。お陰で観察力と集中力はかなり養われたと思います。中学校は通学が起伏の激しい山道で12㎞もあったのでバスで通いました。クラブは小学校の先輩から楽しいからおいでよと「陸上部」に誘われていたので入部しました。しかし、その年から世羅高校出身の駅伝で全国制覇を成し遂げた先生が赴任、陸上部の顧問になりました。「まずは県大会で優勝だ!!」(驚)思いもよらぬ厳しいクラブ生活の始まりでした。朝は学校に着き次第、授業が始まるまでグラウンドを走ります。一番辛かったのは夏合宿です。早朝10㎞のランニングからスタート、朝食を食べてひと眠り、そして午前中の練習、「ラスト300mを10本」みたいな…そして、昼ごはんを食べて少し寝てから午後の練習。夜はクタクタで夕飯を食べたら寝ます。この繰り返しです。午後から山中を走る20㎞走は特にキツかったですね。喉がカラカラに渇くので内緒で山水を飲んでいましたね。走るのが苦手な私でも3年生の時は駅伝の補欠ですがなれました。継続は大きな力になることを学びました。高校の受験勉強は3年の12月から開始、間に合うか不安はありましたが、何とか津山の5年制の志望校に合格できました。一応、陸上部には入部しましたが高校生活の中心は寮生活でしたね。1年の時は先輩がめちゃ恐くて誰か一人が挨拶や礼儀がなっていないと放送で体育館へ呼び出されこっぴどく怒られ、全員正座をさせられました。今、失われつつある基本的マナーや上下関係の大切さ、連帯責任を学ぶいい機会をいただきました。4・5年生の時は遊びとファミレスでのアルバイトが中心でしたね。就職は三原の大手企業に入社できました。振動や音、歪みなどを計測しレポートを提出する部署に配属、大変な仕事でしたがその反面やりがいの高い仕事で夢中でやればやるほど毎日が充実していきました。

…必然な天職との出会い
 出張先で知り合った妻と結婚し、これからの生活のことを考え便利な福山へ引っ越した時、熱帯魚を飼ったことがきっかけで、今の仕事に出会いました。趣味の延長でしたがその素晴らしさを日々深めていきました。そして偶然に、いいえ、今思えば必然だったと思っています。ネットでこれが商いになることを知りました。「自分や妻が体感した海水魚や淡水魚の癒し、セラピー効果をもっとたくさんの方に知っていただきたい、広めたい」約15年間勤めた会社を退社し、淡水魚や海水魚の水槽をレンタル・メンテナンスする会社Aquarium TOJO(アクアリウム東城)広島「游遊(ゆうゆう)」を立ち上げました。いろんな方のご縁に支えられてお取引先も徐々に増えてきました。これからも、魚たちがもつ不思議なセラピー効果をより引き出すディスプレイとメンテナンスで病院や治療院、介護施設、サロン、飲食店様のいやし空間のご提供を一所懸命させていただきます。(勿論、一般家庭も大歓迎です)。そして、なにより「水槽に映る一つひとつの笑顔を大切に」、そんな気持ちで頑張ります。