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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2013.10.10

異業種リレーの『わ』No.450 かねだ歯科医院院長 金田俊彦


今回は、「Molotov Cocktail」代表、井手 直人さんのご紹介により、 「かねだ歯科医院(福山市千田町千田3040-3 TEL.084-961-0655)」 院長、金田 俊彦さんに登場願いました。

 

地域密着型の必要とされる
歯科医・歯医者さんを目指して頑張ります!!

…やる時はやる
 岡山県倉敷市で生まれ育ちました。小さい頃から、おとなしく真面目なタイプだったと思います。親からは歌のひとつも覚えてこない子どもだったと聞きました。先生からもいつも教室の隅っこで友達と遊んでいる印象が強かったといわれていたそうです。  
 小学校で一番の思い出はクワガタやかぶと虫を見つけるのが得意だったことです。近所の山に入り、両手で抱えられるサイズの幹で蜜の良く出る、若い桑の木を見つけては誰よりもたくさん捕まえていました。そんな私ですが、住んでいた地域が、宮本武蔵のお膝元のせいか剣術が盛んで、小学校の3年生の時、兄について道場に行ったのがきっかけで剣道を始めました。
 ピアノや習字、そろばん習い事はひと通りやりましたが、剣道はとても楽しかったですね。中学でも剣道部に入部しました。中学時代は明けても暮れてもクラブ一筋で、いくら考えても剣道の思い出しかありません。高校は進学校に進みました。  

 両親も兄も教員で親にも期待されていたと思います。でも、私はいつの間にか教師以外で親に認めてもらえる職業を探していました。考え抜いた末、人の役に立つ医者になろうと決意しました。そして、目指したのが歯科医師でした。高校でも一応、剣道部には入りましたが、1学期で退部、進学のため勉強を頑張りました。2年になってからは生徒会役員も務めました。成績もまずまずで親も納得してくれていました。
しかし、調子に乗って受験勉強をほどほどにしてしまったことで、志望大学も二次志望校にも合格できませんでした。親に頼み1年だけチャンスをもらいました。福山の予備校に通う浪人生活が始まりました(涙)。しかし、辛い半面、勉強が一歩も二歩も踏み込めて分かるようになりました。
 そして翌年には広島の志望校にみごと合格することができました(嬉)。その時の予備校には恩返しのつもりで今でも月に1回程度ですが講師で出かけています。

…遅れは倍返しで
 皆より1年遅れての大学です。しかも歯科医大は6年間です。「絶対に留年だけはしない」と決意しての入学でした。初めは余裕がなかったので、しばらくは単位を取ることを中心にしていましたね。要領もつかめて少し余裕が出てきたので、家庭教師や塾の講師のアルバイトを始めました。
 傍らでコンビニや舞台設営等のアルバイトもやりました。友達との遊びもひと通り、それなりにエンジョイしました(笑)。今振り返れば、かなり充実した大学生活だったと思います。  

 卒業してからは、大学院に4年通いました。社会勉強のため歯科医院でアルバイトもさせてもらいました。大学院では細胞を使う実験で博士号を取得。卒業してからは福山の総合病院と府中の開業医で2年半勤務させてもらいました。その後、知人の紹介で福山の歯科医院で医院長をやらせてもらうチャンスをいただきました。そこでの3年半は本当に勉強になりました。患者さんとの関わりや地域での医院のあり方等々…大学や総合病院では学べない貴重な体験をさせていただきました。  
 そして、35歳の時、ここ千田町で念願の開業をさせていただくことができました。予備校時代から福山には深い縁を感じ、地域密着型の歯科医院を目標にスタート。今年で丸7年、8年目を迎えることができました。  歯科医はただ歯の治療をするだけではないと思います。患者さんのご家族や生活、環境、そして時には人生をもうかがいながらでなければ務まらないと感じています。これからも、生まれる前から亡くなるまでを合言葉に「無くてはならない、無くなると困る」と言っていただける、地域に根ざした必要とされる歯科医を目指して決意も新たに頑張ります。