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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2013.7.29

異業種リレーの『わ』No.443 菓子工房サンク ラ フィーユ オーナーパティシェ 田渕寛師


今回は、「有限会社アイミックス」代表取締役、荒井 修さんのご紹介により、 「菓子工房 サンク ラ フィーユ(福山市三吉町南1-13-14 TEL.084-926-8872)」 オーナーパティシェ、田渕 寛師さんに登場願いました。

 

初心を忘れず、お菓子を通じて
たくさんの笑顔のお手伝い!!

…やると決めたらやる
 自然いっぱいの鹿児島の屋久島で生まれ育ちました。4人兄弟の長男です。好奇心旺盛わんぱく坊主でした。小学校の時の一番の思い出は、約100キロある島の一周の探検に行こうと友人をけしかけ、チャレンジしたことです。もう少しでゴールの国民宿舎に到着という時に山の上で友人2人が熱中症になり動けなくなりました。「俺が助けるしかない」友人2人を背負って山を降りることにしました。
 一方、町では時間になっても私たちが到着しないので消防や警察が出動して大騒ぎになっていました。そこへ命からがら下山しました。今思えば、何としても助けなきゃとの強い想いがなせた技ですね。中学では1年の時は柔道部、2、3年は剣道部に所属、その傍ら空手の道場に通っていました。武道が当り前のように盛んな町でしたね。

中・高では地元ならではのアルバイトもやりました。山で薬草や漢方を収穫し、海では伊勢海老や貝を獲るアルバイトです。高校の1年生の時、空手の試合で東京に行った時、先輩に銀座にある有名な洋菓子店に連れて行ってもらいました。ショーケースに並べられた色鮮やかな菓子に衝撃を受けました。そして食べたケーキのあまりの美味しさに仰天。『カルチャーショック』という言葉がピッタリの体験でした。「俺はケーキ屋になる。」そう決意した瞬間でした。その場で弟子入りをお願いしますが、勿論叶いません。
 しかし、私の想いは固まりました。美味しいケーキを作って島のみんなに食べさせたい。試合で上京する度にその店に通いました。3年生最後の東京、運よく厨房にいた料理長が私のことを噂に知ってか、話を聞いてくれました。おまけにフランス料理のフルコースまでご馳走してくれました。卒業してすぐに上京し、念願の弟子入りが叶いました。2年間、修行したある日「もっと、本格的に勉強したい」と思い、叱りなだめる上司や先輩を振りきってパリへ渡りました。

…出会いに感謝
 フランスでは言葉も分からず苦労の連続でしたが、地元の名士でもある店のオーナーに、頑張りを認められてか、フランスは勿論、ベルギーやドイツ、スイスと色んなお店まで紹介してくれました。私の元気がない時も、「これは東京って花だよ」と私を元気づけてくれました。お陰で思う存分勉強でき、町のコンクールでは優勝も経験できました。日本に帰る時も心に残るお土産をくれました。それは今でも忘れません。帰ってからはヨーロッパでの経験が活せるとオープニングシェフの仕事をしました。
 1年後にはパン作りも極めたいと、世田谷の有名なパン屋で2年、無償で修行をしました。その後オープニングシェフの仕事に戻りますが、思うようにいかず落ち込み、パリの師匠を訪ねました。「お前が美味しいと思うものを作ればいい」と諭され、忘れていた初心に気づきました。すぐに東京に帰り、勉強とオープニングシェフの仕事に没頭しました。初心を貫き、約5年で6店舗オープンさせていただきました。そこには「自分の店を持ってもっと美味しいお菓子を作りたい」と思う私がいました。妻の実家が近いのと、尾三地区でのオープンが縁で2003年11月、福山に「菓子工房 サンク ラ フィーユ」をオープンいたしました。色んな方に支えていただき、今年で10周年を迎えます。1月には屋久島でサンク ラ フィーユのフェアーを開催し、島の皆さんに私が作ったお菓子を食べてもらうことができました(涙)。これからも、初心を忘れず福山の皆様にこだわった本物のお菓子を通じて素晴らしい笑顔のお手伝いをさせていただきたいと思います。また、新しく暖めている想いも形にしていきたいですね。


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