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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2013.7.1

異業種リレーの『わ』No.440 ビストロ・メゾン・ドゥ・シェフ代表 山下慶峻さん


今回は、「ザ・スタンダード ベーカリー」工場長、藤井 祥二さんのご紹介により、 「ビストロ・メゾン・ドゥ・シェフ(福山市三之丸町8-25 TEL.084-973-8337)」 代表、山下 慶峻さんに登場願いました。

 

心の底から喜んでいただける
空間を通じ天命を全うする!!

…人を喜ばす喜び
 広島市で生まれました。3歳の時、父の仕事の関係で福山に来ました。3人兄弟の次男です。
よく喋る子で、場の空気を読める、要領よしでしたね。そして、何でも興味を持って挑戦する性格でした。小学3年生の時に父にコーヒーを入れてくれと頼まれ、やったことも無いのにチャレンジ、ある日突然、朝ごはん作りに挑戦などなど…「即やる、やればみえてくる」この精神は、今も変わりませんね。中・高校と音楽に夢中でした。お年玉でフォークギターを買って長渕やチャゲアスとかやりました。
高校に上がるともっといいギターがほしくて皿洗いのアルバイトをしました。休みの日は朝10時から夜中まで、ひたすら洗います。きつい仕事でしたがやりきりました。ギターを手に入れた後は、喫茶店でアルバイトをしました。最初はホールでしたが、いつしか厨房を任されるようになっていました。自分が作った料理を誰かに食べてもらう喜びを知ったのはこの時でした。高校を卒業して料理の道に進みたいと思っていましたが、大学に行って遊びたいとも思い受験しました。しかし、志望校に受かりませんでした。一浪しても良いと親から言われましたが。祖母の知人が大阪にホテルを開業するので来ないかと誘っていただきました。毎日のように夢を見ました。大学とホテルの分かれ道に立った自分がどちらにも行かないで目を覚ます夢です

…一行に徹し天命に出会う
 迷いに迷い、決心しました。「料理人になろう」。大阪で最初にこう言われました。「君の言っても良い言葉はハイとスミマセンの2つだけだ」その意味する厳しさが分かるのに時間はかかりませんでした。アルバイトの時とは比べものにならない浴槽位のシンクが3つある大きな洗い場が私の仕事場でした。来る日も来る日も皿や鍋を洗い続けました。新入はすぐにやめるので、約2年でやっと洗い場を卒業。次なる試練は簡単な調理補助と何十本もある調理場の包丁研ぎでした。
ある日、総料理長が「この包丁は誰が研いだ?」恐る、おそる「僕ですが」と答えると、「これを研いどけ」任されたのは総料理長の包丁ケースでした。これって認めてもらったのかな!?嬉しかったのを今でもよく覚えています。修行中は3ヶ月に1回、勉強のために先輩に高級な料理をご馳走になります。料理は美味しいのですがどうしてもワインとチーズが美味しいとは思えませんでした。
「これが旨いと思えるようになったら一人前だ」と言われ、一人前にはなれなくてもいいやと内心は思っていました。でも不思議なもので何時しかワインとチーズが楽しみになっている自分がいましたね。「もっと自分を試したい」。内緒で広島のホテルに応募、採用。料理長にこっ酷く怒られました。その後は先輩に声を掛けてもらい神戸のホテルの本格フレンチでフランス語やレシピを学び、いろんなコンクールにも参加。約4年間、徹底的に勉強しました。後に東京のホテルで鉄板の料理長をさせてもらった時のお客様(ある名人)にもてなしのお礼にと独立成功の秘策を伝授いただきました。これをきっかけに福山に戻り2000年10月6日に、ここ三之丸に「ビストロ・メゾン・ドゥ・シェフ」をオープンさせていただきました。最初の3年は特に苦労しました。自分の想いの表現に試行錯誤の毎日でした。でも、7年前こだわりの食材に出会いハッキリ進むべき道が見えました。  
これからは私のスタンスでもある「心の底から楽しみ喜んでいただける空間の構築」「若い方に本物の味を体感、知ってもらいたい」「次世代の料理人の育成」この3つを私の天命だと確信して全うしたいと思います。


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