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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2013.6.7

異業種リレーの『わ』No.438 有限会社 グリーンポットふじたに 代表取締役島田 興一さん


今回は、「㈲ドルセ洋菓子店」代表取締役・シェフパティシエ、礒辺 和孝さんのご紹介により、 「㈲グリーンポットふじたに(福山市沖野上町4-20-31 TEL.084-921-4746)」 代表取締役、島田 興一さんに登場願いました。

 

花を通じて「楽しい人生」の お手伝いをさせていただきます!!


…夢中がコンプレックスを克服


 福山で生まれ育ちました。人と話をすることにコンプレックスがあり、控え目でおとなしい子どもでした。プロレスが好きでテレビ中継があるときは釘付けで観戦していました。一歳下の弟にも兄の特権を利用して、プロレスを強要しました。兄弟で技を掛け合って遊びました。二人とも格闘技全般が好きになりました。それが高じてか、弟はレフェリーの仕事をしています(笑)。中学ではサッカーやバスケットもやりましたが、最終的には文化系のクラブに所属していました。このころから映画にハマリ、週末は映画館に入りびたりで好きな映画を何回も見ていました。特に『がんばれ!ベアーズ』で、テータム・オニールが好きになり、彼女の映画はほとんど何回も見ました。憧れの人への初恋でしたね(赤面)。高校時代はプロレス好きのお陰で、仲間もたくさんできました。流行のフォークや海外ミュージックにも夢中でした。  将来は大学に進み映画の制作の仕事をしたいと思っていました。でも勉強があまり好きではないので、どうしたものかと思っていた時に、専門学校があるのを知りました。「これだ!!」と思い入学しました。そこはマスコミ全般を学ぶ学校でした。ラジオ番組をつくる授業は楽しかったです。就職は東京のテレビの編集会社に入社し、音響の焼き付けの仕事を約2年間やらせてもらいました。その後は大手の広告代理店が目黒に貸スタジオを開設したのでアシスタントマンに採用してもらいました。プロのカメラマンのサポートやアシストをする仕事です。そこで知り合ったカメラマンの方に親しくしていただき、テレビや映画とは違い、たった1枚の静止画で勝負するカメラの難しさと楽しさに魅了されました。当時流行った2眼レフのカメラを買って撮影に挑戦しました。  ここでの5年間は充実していました。同期の仲間4人とローリング・ストーンズの初来日したときの10回公演に計5回も行ったのは、今も良い思い出です。


…天命との出会い


 27歳の時、父が体調を崩したのをきっかけに福山に帰りました。地元でも撮影関係の仕事を探しましたが、これというものが見つかりませんでした。そんなある日、花屋の募集を見つけ、東京で撮影の際、演出用の花を飾る男性の姿を思い出しました。花の仕事は女性のものと思っていた私には衝撃的だったので、頭の片隅に残っていたのだと思います。  色々と考えているうちに花の役割の素晴らしさを実感する自分がそこにいました。「よしっ!花束専門の花屋を作ろう」。2年間ラッピングと配達の仕事をしながら私の〝夢〟の構築が始まりました。そして、流通の勉強もしたいと思い、花市場に転職。そこで今の妻に出会い31歳で結婚。妻の実家である『グリーンポット ふじたに』をスタッフの方にも支えていただきながら、妻と二人三脚でやらせてもらいました。まだまだ勉強途中だった私は、働きながら全国大会で優勝された、有名な先生の教室に通いました。店でも毎日、学びと気づきの連続でした。  そして、平成18年に『有限会社グリーンポットふじたに』を現会長から引継ぎ、代表取締役に就任させていただきました。昨今は花離れが進み、花は非日常品となりつつあります。花はあっても無くてもいいものですが、花があるとその場が華やかになり、嬉しくそして楽しくなります。そこに笑顔が増えることは間違いないのです。現在、花のある暮らし、習慣を自ら実践中です。花を通じて楽しい人生のお手伝いをさせていただくことが、私の天命だと確信しています。