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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2013.6.3

異業種リレーの『わ』No.437有限会社 ドルセ洋菓子店代表取締役 礒辺 和孝さん


今回は、「㈱寺延組」専務取締役、寺延 佑介さんのご紹介により、
「㈲ドルセ洋菓子店(福山市三吉町3丁目9-25 TEL.084-925-3840)」
代表取締役・シェフパティシエ、礒辺 和孝さんに登場願いました。

 

ケーキを囲んで笑顔満開
絆を深める、お手伝い

…負けず嫌いでチャレンジ精神旺盛


 尾道で生まれ2歳まで住んでいましたが、父が独立して三吉町にお菓子屋をオープンすることになり、福山に越しました。店が忙しかったので祖父母が面倒を見てくれました。定休日の前日に家族団らんで過ごすのが楽しみでした。活発な性格の私は、小学校の時は、トライアルの自転車にはまりました。できるようになるまでとことんヤル性分で、1日が終わると明日のチャレンジの仮説を立てて翌日それを実践します。年上が遊び友達だったので、負けず嫌いの私には彼らが目標になり更に向上心が高まりました。早く大人になりたかったのですかね?(笑)中、高生の時も10歳年上の兄やその友人と遊ぶ機会も多く、世界感が広がりました。

…父に諭され菓子屋の道に


 高校3年の時に実家でアルバイトをしました。その時に、お客様から笑顔でお礼を言われている父を見て誇らしく思いました。海外に憧れていた私は、卒業したらデザイナーか設計士になりたいという夢を抱いていました。そのことを知った父から「菓子屋も海外に行けるし、ヨーロッパで活躍できる」と、半分、諭されるように言われました。勉強はもちろん、何かをしろとか、今まで父から言われたことがなかったので、驚いたと同時に「よしっ菓子屋になるぞ」と決意したのを今でもハッキリ覚えています。やるからには、30歳までにシェフパティシエになると目標を立てました。専門学校に行かせてほしいと父に頼みましたが、実践こそが勉強になると東京に修行に出されました。その店に修行に来ていた中では一番年下で新米の私は、一人で最後の片付けまで、先輩からこき使われました。「今に見ていろよ、絶対に追い越してやる」。毎日、みんなが帰った後に隠れて練習をしました。そして先輩の仕事を取ることができるようになりました。3年経った21歳の時にはスーシェフになっていました。

…海外、帰郷、挫折からの学び


ある日、ヨーロッパに行きたいとシェフに相談したところ、気持ちよく送り出してくれました。まずは、フランスでアパートを借りて毎日、いろんな店を回り就職活動をします。リストアップした店は30軒、その中で行きたい店は5軒でした。やっとの思いで雇ってくれた店は、運よく行きたい1軒でした。ここでも認めてもらう近道は、フランス人パティシエから仕事を取ることでした。2年目はベルギーの店で働きました。そこでコンクールに出場することになりました。でるからには頂点を…ベルギー大会で優勝し、日本人でありながら、ベルギー代表で世界大会に出場しました。そんなある日、福山も競合が増え激戦地区になっていることを知り「俺のケーキで…」と思い、意気揚々と福山に帰ってきました。ケーキのデコレーションや味は誉められるも、売上は上がりません。天狗になっていた私を気づかせてくれたのはお客様でした。誰のためにケーキを作っているのか?ケーキを通じて何がお手伝いできるか?ヨーロッパで学んだことを地域の方やドルセのファンの方のために活かす。気づくのに3年…それからの10年間、必死に頑張りました。  ありがたいことに、今ではお店も4店舗になりました。これからは、ひとつのテーマとして「家族の絆と団らん」をお手伝いさせていただきたいと思っています。嬉しいことがあった時、記念日やお祝いごと、そして何でもないときでもケーキを囲んで家族で子どもの夢や将来の話をしてほしいのです。そうすることで子どもたちはイキイキと輝き出します。私がそうであったように!ケーキで生まれるたくさんの笑顔としあわせ。そのお手伝いこそが私の使命だと思うからです。


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