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異業種リレーの『わ』

特集・読み物


2013.5.27

異業種リレーの『わ』No.436 株式会社 寺延組専務取締役寺延 佑介さん

今回は、「㈱ベイリーフ」代表取締役、宇田 正典さんのご紹介により、 「㈱寺延組(福山市三吉町南2-6-28 TEL.084-923-1825)」 専務取締役、寺延 佑介さんに登場願いました。

 

木や自然素材にこだわった
心地良い家づくりのお手伝いを…!

…やるときはやる
 福山市のお隣り、府中市で生まれ育ちました。3歳下の妹と二人兄妹です。幼少の頃からおとなしくて控え目な子どもでした。インドアっ子だったので、「LEGO」ブロックで色んなものを作って遊ぶのが好きでした。小学校でソフトボールもやりましたが、ファミコンで遊んだ記憶のほうが濃いですね(笑)。4歳から水泳を習っていたので、夏の体育の時間のプールではちょっとヒーローでした(冗)。この頃は、まだ祖父が社長でしたが、文集や卒業アルバムを読み返すと、誰に言われたわけでもないのに、暗黙の内に自分が四代目になって会社を継ぐのだと、小さな胸に決意をしていました。一番の思い出は父に頼んで会社に連れて行ってもらい夏休みの宿題で天秤型の貯金箱を作り、それが賞をもらったことです(嬉)。中学では友達に誘われバスケットを始めました。スラムダンクやマイケル・ジョーダンの全盛期でかなり熱かったです。入っていたクラブは福山・府中地区でも向かうところ敵無しの強豪チームだったので、レギュラーにはなれませんでしたが顧問の先生は厳しく、走り込みや腰を落としてのディフェンスの練習はとにかくきつかったです。ポッチャリ体系の私の身体はかなり引き締まりました(驚)。3年間休まず頑張り抜いたことで、精神力や持久力がアップした、もう一人の自分がそこにいました。高校でも2学期の始めまではバスケをやりましたが、東京に強い憧れがあり、志望した建築関係の大学は難関揃いだったので、それ以降は週3日の塾通いと1日4時間以上の受験勉強の毎日でした。必死で頑張った甲斐あって目標の大学に合格できました(喜)。

…使命を追求する
 楽しむはずの大学生活でしたが、私が専攻した建築学科は、とにかく課題や製作が多くそれどころではありませんでしたね。社会勉強のためにやろうと思っていたアルバイトができたのは4年生になってからでした。3年の秋から始めた就活は、もちろん建築関係も受けたのですが、半分以上は以前から興味の深かったマスコミ関係でした。結局、報道番組を制作する会社に入社し番組の編集を担当しました。休日は月8日ありましたが、不規則で残業や徹夜は当たり前でした。そんな環境でも病気ひとつせず夢中で頑張ることができました。丈夫に生んでくれた両親に改めて感謝です。しかし、不規則がたたり、太りやすい体質の私の体重は75キロになっていました。「よしっ!気分転換にもなるし、走って痩せよう」継続は力ですね!最高で57キロまでに絞り込めました。この頃から始めたジョギングは今でも続けています。2005年に祖父が亡くなったのをきっかけに、2009年に福山へ帰ってきました。勘をとり戻すためにも広島の住宅専門学校の半年コースに入学し、卒業と同時に福山に戻り29歳で寺延組に入社しました。何がなんだか解らないまま、現場を手伝いながら見積もりや図面の作成、ホームページの更新等であっという間に4年がたちました。学ぶことは盛りだくさんです。まだまだ勉強中ですね。現在は1級建築士の資格取得に挑戦中です。私ども寺延組は宮大工の曾祖父の時代から、木にこだわった家づくりを行なってきましたが、改めて木のもつ素晴らしさや安堵感、ぬくもりを家づくりに表現して行きたいと考えて、昨年屋号を「木の香(conoca)」と改め、今年4月にはホームページもリニューアルスタートいたしました。これからも、色んな方のご縁やお知恵をいただきながら、国産木はもちろん、紙や土などの自然素材にこだわった、心地良さを追求した住まいづくりのお手伝いをさせていただきたいと思います。