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WEB in 1面記事

特集・読み物


2012.9.27

まもなく満開1万本の彼岸花 ─花と生き物と日本一の砂留と─

(写真左)日本一の6番砂留は、堤高13・2m  堤長55・8m。上流部が堂々川公園として整備されたため、砂を留める機能はないが、急流は抑える。写真は、水質調査の様子で、現在上部が一部破損のため、ブルーシートが置かれている

日本一の石積の砂留がある堂々川流域を手入れし見守る市民団体「堂々川ホタル同好会」。彼らと地元の子ども達が植栽したヒガンバナ(リコリス)6色が咲き始め、間もなく満開を迎える。この機に、先人から続く防災事業であり、8基が登録有形文化財に指定された偉容を誇る砂留を紹介しながら、同好会の活動を応援する。

 堂々川と砂留の役割
 堂々川は、福山カントリークラブ内に利用されている大原池のあたりを水源とし、神辺町西中条・下御領・湯野にまたがり、高屋川に注ぐ。標高165mからふもとの国分寺参道地点17・5mまで約150mの高低差を、短い距離で下る渓流。 砂留の効果は、大雨が降れば土石流のようになって一気に下り落ちていた水や砂を、岩盤上に石積を造ることで階段状に角度を付けて滝のように落とし、流れを緩やかにすること。
 1673年の大原池堤防決壊により国分寺が流され、63名の死者が出たとの記録がある。このため砂留工事は、1694年の国分寺再建後に始まったと考えられており、江戸時代だけでなく明治、大正、昭和、平成にも築造やかさ上げがされており、迫り来る砂や水と闘ってきた先人の歴史的象徴ともいえる。
 
 堂々川ホタル同好会
 この堂々川の自然と景観を守る活動をしているのが、堂々川ホタル同好会。2004年6月創立。06年4月賛同者30人で設立した、まだ若い市民団体だ。
 発足のきっかけは、現在事務局長を務める土肥徳之さん(神辺町70歳)が、国分寺の参道でホタル数ひきを見かけたこと。ホタルでいっぱいにし、地域を明るくしたいと地元に声をかけたが、思ったような賛同がすぐには得られず、会を立ち上げるまで2年かかったという。設立時の会長・和田敬三さんが辞任後、現在は高橋孝一さんが会長を務める。

2006年4月の6番砂留。日本一の偉容は全く見えない

 設立当初は、砂留も草木に覆われ、車道からは、どれもわずかな石組が見えるに過ぎなかった(=写真上)。会員総出で定期的に木々を払い草を刈り、水路が見えるようにし、さらに、ホタルのエサとなるカワニナを放流するなどしたところ、数が増え始めたという。堂々川には、ゲンジボタルとヘイケボタル両方がおり、初めは研究のため採卵して幼虫を放流していたが、今は自然発生。平成21年には1200ぴきの飛翔を記録した。
 他にも、カスミサンショウウオやニホンアカガエルなど環境省のレッドデータブックに載る生物が多数いる。

昨秋発行『堂々川今昔』

 伐採と植栽と清掃と
 毎月第3日曜日の定例会には、ゴミ拾いや草刈りを重ねた同団体。整然とした石組が姿を現すと、今度はタバコや空き缶などのポイ捨てや家電他の不法投棄と闘うため、2009年から花を植え始めた。
 桜100本を始め、ショウブやアイリス、そして県内トップクラスの群生地をめざしてヒガンバナ(リコリス)植栽。特に、間もなく満開の季節を迎えるヒガンバナは、ピンク、赤、白、アイボリー、黄、オレンジの6色・1万個以上の球根を川岸12か所に植えている。今年は、4月に御野小学校、6月に中条小学校が球根植えに加わって、地元と一体となった活動に発展した。
 25日現在ヒガンバナは、約2千本が花茎を持ち上げ開花を待つ。土肥事務局長は「今後は、四季折々の花やイベントでもてなし、日本一の砂留群に、来訪者、観光客を増やしたい。次の担い手育成が課題」と話している。


★堂々川流域で、江戸時代に築造され、修理 ・かさ上げされながら現存する砂留は15基(既に機能を失った1番砂留を入れて16基)の砂留が確認されており、うち8基(1番〜6番・鳶ヶ迫・内廣)が2006年に国の登録有形文化財に指定されている。


▲1番砂留 建造時は水の流れが違ったと推測され、現在の川と違う場所にある。砂留の中で最も古い、1773年以前の築造と推定。両側が欠損しているが、堆積した土砂の量から過去の功績を伺うことができる

▲2番砂留を上流側から見たところ。2番・4番は、中央が凹んだ形をしている

▲3番砂留は、幅(堤長)30.2m。江戸時代後期から3回にわたってかさ上げした形跡がある。最後は大正時代

▲4番砂留。江戸時代後期の築造。5番に続く川土手には、ショウブやジャーマンアイリスが植えられている

▲5番砂留。1835年頃の築造で、数度のかさ上げがされたことが石組みの違いでわかる。上流の川原は自然の宝庫。昨秋の様子

▲内廣砂留。堂々川右岸で、車道から250mほど山側へ入ったところにある。江戸時代中期築造で明治期にかさ上げされた

▲鳶ケ迫砂留 鳶ケ迫池の堰堤が砂の堆積で決壊し、砂留として使うようになった。手前には平成の砂留もある

▲1番砂留の下方には、下御領(左)と湯野(右)へ水を等分する水路がある。この水路と1番砂留の間に、明治15年完成の迫山砂留がある

堂々川の日々の様子はhttp://blog.goo.ne.jp/yakuso-t で更新中



受賞でみる活動の歴史
▲2007年3月 堂々川ホタル同好会小学生の部が環境省から「こどもホタレンジャー」(水環境保全活動)優秀賞で表彰された

▲2009年5月 広島県景観会議で最優秀賞にあたる「景観づくり大賞」を受賞した

▲2011年6月 国土交通省から「土砂災害防止功労者賞」を受賞した


※今夏以前の写真は、事務局よりご提供いただきました

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◎この記事を書いたのは

地域情報紙ぷれすしーどの1面に掲載したなかからチョイスしたものを紹介します。


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